2019年から2020年にかけて私は、香川県内のある施設花卉経営を対象にして環境モニタリングシステムの導入効果について、当時研究室所属の4年生、山口耕生さんと調査しました。本記事では、その調査結果の概要を説明させていただきます。
調査対象は、香川県東讃地区内に住むC氏の花卉経営です。C氏は切り花を比較的広い面積で生産しており、ハウス・品種ごとに作業進行の行うタイミングや基準など栽培管理方針を細かく定め、それを厳しく守ってきました。以前からのC氏による温度、CO2,飽差の管理方針に関しては、以下の特徴がみられます。
- 暖房機と天窓で温度管理する。設定温度は、時期、品種、生育段階ごとに予め細かく決めてある。
- ハウスでCO2施用機を使用し、そのCO2濃度の設定値は常時400~500ppmにする。
- 飽差(注1)は、一定の範囲内に厳しくコントロールせずに、たまにその値を確認するにとどめる。
C氏は、D社の営業担当者から勧められて、2018年にD社製の環境モニタリングシステムを試験的に導入しました。
環境モニタリングシステムの導入以前、C氏のハウスでは日射の当たり方や、暖房機や天窓の稼働による温度変化の仕方においてハウス間で微妙な差異があったそうです。しかし、C氏にとっては、そうした差異の生じ方を詳しく突き止めることは難しくなっていました。
また、C氏のハウスでは暖房機、電照器具が故障するときがあり、C氏は故障発生から数時間経ってそれに気づくことが多かったそうです。気づいてから適切に栽培管理の修正対応を進めるためには、故障の発生時点や、発生以降にハウス内の環境が目標からどのようにずれていたか等を知ることが重要になります。環境モニタリングシステムを導入しないままではそれが非常に難しくなっていました。
D社製の環境モニタリングシステムの場合、ハウス内の環境測定値をEXCELファイルに記録し、その推移グラフを利用者の端末画面に表示することが可能です。システムの導入以降、この機能を使ってC氏は、ハウス、暖房機の機種ごとに、設定温度からの実際の温度のずれ方を把握できるようになり、暖房機の温度設定や天窓のセンサ感度を調整することによって温度管理の精度を引き上げることが可能になったそうです。これより過剰な暖房稼働を避けられるため、C氏は暖房費を抑制することができました。
この他、導入以降にC氏は、暖房機や電照器具の故障発生時に、温度や光量がいつからどのように目標からずれていたかを把握することが可能になります。故障に気づいてからいかに対処すべきか、例えば栽培を中止すべきか等を判断しやすくなる効果も得られました。
また、D社製の環境モニタリングシステムではスマートフォン等の端末機器でハウス内の状況を確認できるので、ハウスの見回り頻度を抑えられる効果も得られました。
こうしてC氏は、前述のハウス管理、器具類の故障時の対応に関する課題の解決がひとまず可能に至ったそうです。
ところで、C氏が栽培を手掛けている切り花品目の市場を見ると、消費者の購買行動上の習慣のために、年間のうち特定の時期に限って急に需要が大きくなる傾向がありました。C氏は、以前から、ハウスごとに栽培環境に応じて電照期間を調整して、この需要ピークの直前に一気に切り花を多く出荷できたらという期待を持っていました。
D社製の環境モニタリングシステムは「ハウス内環境のデータ分析に最適」等の謳い文句で販売されていました。C氏は、この特徴を活かしながら、開花時期の予測や、開花時期の調整のために再電照の開始時期を何時に設定すべきかを把握するための分析を行えたらと期待していたようです。
ところが、C氏にとっては、環境モニタリングシステムで作成された栽培履歴データのから必要なデータを抽出し、それを適切に組合わせて栽培学的な検討や解釈を進める手法については不慣れだったようです。C氏はD社製の環境モニタリングシステムの導入後もなお、望んでいた、「開花時期の調整のために再電照の開始時期を何時に設定すべきかを把握するための分析」は行えないままになってしまいました。上記のようなデータ分析を進めるための分析能力が不足する状況に置かれたままになったことがこの大きな要因でした。
記事「施設イチゴ栽培での環境モニタリングシステムの導入事例」では、環境モニタリングシステムを導入してCO2,飽差の管理精密化を、イチゴの光合成促進に活かそうとした農業者の事例を紹介しました。対照的に、C氏には、D社製の環境モニタリングシステムを導入した後でも、そうした意思がなかったそうです。
CO2管理に関しては、CO2施用を積極的に増やすと、切り花の開花が遅くなり、これまで遵守してきた栽培管理のサイクルが崩れて困ると考えられたからだそうです。
一方、飽差管理に関しては、C氏のハウスは近代的な鉄骨構造を持ち、設定温度の近くで温度を安定させるため天窓を自動で開閉させる機能が備わっていました。飽差調整を精密化させるためには、飽差の緩やかな変化を促すような天窓開閉方法の導入も必要になります。しかし、温度と飽差を同時に理想的な形で調整できるような天窓開閉方法は、一般に非常に見出しにくいです。C氏は、温度調整に向けた天窓開閉を優先させ、飽差調整に向けた天窓開閉を放棄することにしたそうです。
以上の事情により、C氏は、CO2濃度、飽差の管理については、光合成促進にそれらを活かす意思はなく、それらの値がおおよそ想定の範囲内にあるかを環境モニタリングシステムでたまに確認する、という対応にとどまっています。
D社製の環境モニタリングシステムの導入に関する全体的評価として、C氏は、初めに述べた温度管理の精密化を促す役割を評価して「それを持っていて損ではない」と述べています。しかし、C氏は、上記のように電照管理に関するデータ分析の面では分析能力が不足し、環境モニタリングシステムに備わるCO2濃度、飽差の測定機能を十分に使えない状況に置かれていました。これらについてはC氏も懸念や不満があるようで、D社製の環境モニタリングシステムの導入効果に関する全体的な評価をやや下げているようでした。
C氏は、こうした状況に懸念を感じており、データ分析能力の強化に向けたサービスや指導を、D社や改良普及・営農指導機関が提供してくれることを望んでいました。
(注1)「飽差」は、斉藤(2015)に従うと、飽和水蒸気量と絶対湿度の差であり、「空気中にあとどれくらい水蒸気が入る余地があるか」を意味します。植物が気孔を開いて蒸散やCO2吸収を行うには、飽差が3~6 g/m3である環境が適すると言われています。
引用文献:斉藤章(2015)『ハウスの環境制御ガイドブック』農山漁村文化協会.
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