2020年12月31日木曜日

Farmers Business Network⑦:日本への示唆

記事「Farmers Business Network⑥」からの続きです.

FBNの事業内容を参考にして日本で農業データアナリティクス事業をいかに進められるかを考えます. 

日本の農家の間でも生産管理上のデータを収集・送信・管理するための機器類・アプリの導入がすでに始まっていますが、FBNのように様々なデータを統合・蓄積できる段階には至っていません.記事③で述べるような「データの統合・蓄積」は日本では遅れていることがすでに多くの論者から指摘されています.そこに危機感がもたれて、2019年にWAGRI(農業データ連携基盤)が立ち上げられました.WAGRIの設立意図については、そのHPに明確に述べられています.

「農業のICT化が進む中で、海外、国内も含めICTベンダーや農機メーカー等から多様なシステムが開発されています.全体では環境データや作物情報、生産計画・管理、技術ノウハウ、各種統計等、幅広い農業データがありますが、システム間の相互連携がほとんどなく、形式の違うデータが個々に存在している状態です.そのため、統一性を図り、データを生きた情報として活用できるようにすることが期待されています」

出所:[16] WAGRI「WAGRIとは」https://wagri.net/ja-jp/aboutwagri

この意図が叶って、「データの統合・蓄積」が日本でも十分に進んで農業データが豊富に集まっているとすれば、現在の日本のICTを駆使して「価格.com」の農業版のような形で、記事④、⑤で取り上げた資材の選択支援、資材購買は行えるでしょう.日本でのネックはやはり「データの統合・蓄積」ではないかと考えられます.

FBNのように「農民第一主義」でWAGRIが設立されていれば、日本の農民の間でのWAGRIの印象もだいぶ変わったかもしれませんが、WAGRIの協議会メンバーはICTベンダー、企業が非常に多いですから、農民第一主義の理念が掲げられることはありませんでした.WAGRIの将来的なビジョン、効果もほとんど見通せない状況で、WAGRIに対する期待も日本の農民の間では依然としてほとんど高まっていません.

そもそも日本はスマート農業の発展の梃を企業に委ねる方針を採ってきましたので、WAGRIのようなデータ連携活用に向けた団体を作ろうにも必ず企業の利害を組み込まざるを得ません.政府は2010年前後から農業への企業参入、農業と異業種の融合を積極的に進めてきましたが、農業のICT普及、スマート化では思わぬところに陥穽があったと言えます.

こうような経緯を考えると、FBNの日本支社を作ってもらって、そこに「データの統合・蓄積」をお任せしたほうが、データ活用の観点からまだましではないかと私には思えてきます.FBNには米国だけでなく、カナダ、オーストラリアの農民も参加しています.これらの国とは日本は農業技術体系も大きく異なるので、すぐにFBNの様々なデータアナリティクス事業が日本に適用できるとは期待できません.しかし、GAFAがあっさり日本へ進出して成功を収め、日本人にそれなりに恩恵が感じられていることを考えると、FBNの日本進出もあっておかしくはないように私には思えます.FBNの趣旨を日本国内で広く説明したら、日本でのFBNの事業展開に参加して日本の農業を変えたいと考える若者も多く現れるのではないでしょうか.彼らがFBNの日本版システムを数年かけて作れてしまうのではないかと期待したくなります.

日本でFBNに近い事業を行うにも、設立主体、その理念について、農民の立場に十分寄り添えるのかどうかが重要な条件になってくるように私には思えてなりません.そこを見落としてWAGRIに期待するにも限界があるのではないかというのが私の見立てです.

Farmers Business Network⑥:FBNにとっての課題

記事「Farmer Business Network⑤」からの続きです.
資料[5]に依拠して、FBNにとっての課題について説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

これまでの記事では、種子、その他の栽培条件が収量や収支に与える影響、経営改善の手段に関する農民の判断に資するようなデータアナリティクス・サービスがFBNによっていかに提供されているかを述べました.これ以外に、収量の決まり方を予測する分析サービスや、収量改善に向けた栽培管理手段を農民に勧めるレコメンデーションサービスも行うことがFBNにとって考えられますが、FBNは設立当初にこうしたサービスを行わない方針を採りました.

この理由の第一は、様々な栽培環境にも適用できるような汎用的な収量予測モデルが存在しないので、FBNが収量予測サービスや栽培管理のレコメンデーションサービスを提供するにしても、農民の不満が必ず出てしまうことでした.第二に、もしも農民の不満がなるべく出にくいような精度の高い予測サービス、レコメンデーションサービスを行おうとすれば、FBN側のスタッフや設備で多大な負担が要り、農民に相当高額の加入料を求めなければならなくなります.その結果、FBNに参加する農民の数が限られ、これまでの記事で述べたような膨大な農業データに依拠したデータアナリティクスのサービス事業を成立させることが困難になると考えられます.

ただし、一切の判断を農民任せにするのも不親切でしょう.上記の方針は文献[5]が書かれた2016年当時のもので、現在では、FBNの栽培専門家が、希望する農民に対して、生産データを追跡してアドバイスする事業も展開されているようです.その内容は以下のFBNのホームページでの説明から知ることができます.
[14] Farmers Business Network「Farm & Team Operations」

2015年にFBNは農業とビッグデータに関する会議を主催し、そこに多数の農民が参加して農民の間でFBNの認知度を高めるのに成功し、その後、事業拡大が大きく進みました.
2020年時点で会員数が1万2千まで増えて資本増強も進んでいることが以下の記事で紹介されています.
[15] Bloomberg「Farmers Business Network Raises Funds at $1.75 Billion Valuation」、2020年8月3日記事. 

資料[5]によると、2016年当時、FBNは事業展開に関する課題として以下を挙げていました.

1) 季節性:農繁期に農民がFBNによるデータアナリティクスのサービスを利用しにくくなるので、FBNが効果を発揮にしにくくなります.

2) FBNのチームに参加する人材の確保:FBNが求める人材としては、企業家的で、技術に精通している、FBNのミッションを伝えられるなど、条件が厳しくなってしまいます. 

3) FBNへの参加料金額は経営規模によらない一律でいいのか:面積が広い農民であれば少しの知識、情報でも莫大な利益を得られますから、彼らに課す料金を高めてもいいようにも思えます.しかし料金引き上げは「農民第一主義」に反し、FBNの評判を傷つけるかもしれません.

4) FBNは農民にアドバイスすべきか、それとも情報提供にとどまるべきか.FBNは農民に奉仕できる経路をいくつも持ちます.具体的には、データサイエンティストコンサルタント仲介業者金融業者交渉家などの役割を備えますが、様々な役割をどう折り合いをつけるのかが問題になります.

これまでのFBNに関する記述内容を全体的に振り返りますと、FBNは米国農業の問題点を鋭く突いて、高邁な理念を掲げてからユニークな事業を展開していることがわかります.農民第一主義の使命を果たすためにいかにあるべきかを根底に据えて事業に取り組むことから、FBNは今後も発展することが期待されるのではないでしょうか.

以上でFBNの紹介を終わります.

FBNが日本の農業データ活用、スマート農業にどのような示唆を与えるのかについて、次の記事⑦で簡単に考察したいと思います.

Farmers Business Network⑤:資材購買、融資、生産動向分析

記事「Farmers Business Network④」からの続きです.

資料[5]に依拠して、FBNのその他の事業について説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

前の記事④で述べましたように、FBNに参加する農民は、種子や資材の実際の価値がどれほどかについて、また、種子・資材価格の差異、分布状況について知ることが可能になります.農民はこれらに基づいて資材調達の交渉を行えます.また、異なる種類の種子、資材を比較して収益改善につながるような種子、資材を選ぶことが可能になります.その購入の際に、種子、農薬をFBN経由で購入できるようにするサービスが、FBNでは提供されています.
FBNのホームページでの資材購入画面は以下です.
[12] Farmers Business Network「Buy Inputs: Chemicals」

FBN経由での資材購入の手続きは、農薬の場合、以下のようになります.
1)FBNに参加している農民が、自分が必要とする農薬の種類をFBNに知らせる.
2)FBNのスタッフが、農薬の販売店と提携して価格帯を分析し、最安値の製品を見つける.
3)農民の農場へ直接にその農薬を届ける.

ここではFBNは「fast,  simple, and hassle free(速く、シンプルに、手間がかからない)」を掲げて、農民を面倒で苦痛な交渉から解放するとしています.FBNが取引ごとに徴収するマージンは少ないので、上記のようにして農薬を安値で市場で調達できたとき、農薬購入費の節約分のほとんどが農民に還元されるそうです

FBNは、農民が一般の販売店から購入した農薬の価格データを収集して、その価格帯のデータを農民提供します.農民は農薬の市場価格とFBN経由で購入した場合の農薬価格とを比較した上で、農薬を購入できるようになります.農民にとっては、FBNが提示する農薬価格よりも割高で不利な価格で一般の販売店から農薬を購入することは避けられます.農民は、一般の販売店に対しても、FBN経由で購入する場合の価格を示して、もっと値下げするようにと交渉することも可能です.FBNが提示する農薬価格は、農民が一般販売店を相手に農薬価格を交渉する際のボトムラインとして機能し、農民が不利な農薬購入取引を迫られる可能性を大きく減らせます.この点でも、FBNでは資材価格の透明性確保が図られていると言えます.

2016年1月にFBNがこの購買事業を開始すると8週間で600万-700万ドルの購買があり、2016年の一年間で2500万ドルの購買に達する見込みとなりました.資材費の節約が顕著なので、会員農民からの支持が高いそうです.

あと二つだけFBNの事業を紹介したいと思います.

FBNは農民へのファイナンス事業を行っていますが、これは農民に融資をおこなう投資家を紹介するという仲介の形をとります.融資の金利は競争的水準に抑えて 過度に高い金利をとることはしないようにします.FBNのホームページでの融資事業の説明画面は以下です.
[13] Farmers Business Network「Financing」

また、FBNは、端末のショートメッセージサービス(SMS)を使って農民に頻繁にアンケート調査を行い、作付け進行、病害の恐れ等を尋ねています.その回答結果はFBNが集計して、農民に直近の生産・栽培動向について情報提供します.従来、農民が、こうした直近の生産・栽培動向を知ろうとすると、ほとんど近隣の知り合いの農民から情報を受けるしかありませんでしたが、上記のFBNのサービスによって、広域に散らばる多数の会員農民から生産情報を提供してもらい、自分にとってよく知らなかった、真新しく思える情報に触れることも期待できます.農民にとってこのサービスも喜ばれているそうです.

以上でFBNのデータアナリティクス事業の説明は終わります.次の記事⑥で、FBNにとっての課題を、その次の記事⑦で日本にとっての示唆を述べたいと思います.

Farmers Business Network④:資材(主に種子)選択の支援

「Farmers Business Network③」からの続きです.
資料[5]に依拠して、FBNのデータアナリティクス事業のうち、資材(主に種子)の選択を支援するサービスの内容について説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

FBNの設立時から数百の農民がFBNに加入したおかげで、収量、栽培条件など膨大で多種多様な農業データがFBNのデータベースに入るようになりました.

FBNは収量、資材投入量、土壌条件、耕作方法などのデータを農民が分析して、他の農場との間、特に自分と似た栽培環境を持った農場との間で、栽培状況を比較して、自分の栽培方法が良いかの判断材料に使ってもらえるように試みます. 

FBNによる「Seed Finder」というサービスでは、すべての種子を対象にして、農民が種子ごとに収量、栽培条件(土壌、水利)などを指定して絞り込んで収量データを得ることを可能にしています.例えば、品種を固定して、面積当たり窒素投入量、播種量、植え付け日、気温など様々な栽培条件に応じて収量がどのように変わるかを算出、グラフ化すると、参加農民はその品種に対応した栽培方法の改善手段について探ることが可能になります. 

実際の比較の説明・表示の様子は、以下のFBNのホームページでの「FBN Seed Finder」、「Benchmarking」「FBN Maps & Yield Analytics」というところから伺えます.
[10] Farmers Business Network「Seed & Agronomic Analytics」

比較の際には、品種、肥料の種類、面積当たり播種量、栽培時期、土壌の条件などを細かく指定するなどして、自分の比較判断基準を自由に採れるようになっているため、例えば、農民が種子の違いの効果を見たいとき、種子以外の条件をうまく統制して自分の栽培条件に合わせたデータだけを抽出してその中だけで種子の違いの効果を見ればよいことになります.これによって、種子の違いの効果を他の要因と混同してとらえてしまう恐れが相当減ります.統計学的なデータ解析では、関心のある要因(上記の例では種子の違い)の影響を見たいため、こうした条件の統制を行うことが重視されます.種子に限らず他の資材でも、それを選ぶかどうかで収益にどのような違いがみられるかを同じように分析できます.FBNでは、膨大なデータを収集した上で、農民がこうした条件の統制にもとづき特定の要因の影響分析をおこないやすくなるように、データ抽出処理、計算結果の表示機能に相当力を入れているようです.

FBNに参加する農民は様々な投入量、収量、資材費のデータをFBNに提供するため、FBN側ではこのデータを使って農民ごとに生産費を計算することが可能になります.上記の資料[10]のFBNによる事業紹介に掲載されている、「A Comprehensive Profit-Enhancing System」がこの計算に該当します.

記事②で述べたように、従来は種子等の資材市場が地理的に分断され、農民はメーカーから提供される新しい種子、資材が自分に合っているかを見通せなくなりがちでした.種子メーカーの営業担当者が種子の優れた点を農民に強調して、農民は「勧められたから選ぶ」「ほかの農民が多数選んでいるから自分も選ぶ」という受け身の姿勢に陥りがちでした.

これに対して、FBNに参加すると、農民は、選んだ種子、資材の種類など栽培方法に応じて収量や生産費がどう変わるかについて情報が得られます農民は他地域との種子・資材価格の違い、それらの分布状況を知ることもできます.これらは、農民が種子同士を比較して収益改善につながるような種子を選ぶことを可能にします.また、農民が種子・資材を調達する際、価格交渉に資する材料にもなります.以上からFBNに参加する農民の資材・種子の選択・調達については、従来よりも透明性が飛躍的に高まってくると考えられるわけです.
以上の点に関してFBNのホームページ上での説明は以下です.
[11] Farmers Business Network「Input Price Transparency」https://www.fbn.com/analytics/input-price-transparency

日本では「価格.com」などの商品レビューサイトは参加者も多く以前から多くの日本人に馴染み深いです.上記のFBNのサービスは、「価格.com」の農業版にたとえることも可能でしょう.

FBNによる主なデータアナリティクス事業は、上記と、前の記事③で述べた内容にほぼまとめられます次の記事「Farmers Business Network⑤」では、そのほかのFBNの事業内容について説明します.

Farmers Business Network③:データの統合・蓄積

「Farmers Business Network②」からの続きです.

資料[5]に依拠して、FBNのデータアナリティクス事業のうちデータの統合・蓄積にかかわる部分について説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

記事②で述べたように、FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、米国農民が直面する重要な問題には、資材市場の寡占化、農業データアナリティクスの未整備、それに伴う農業者の資材の選択機会の制限などが挙げられる、と考えます.

そこで、二人がFBNの事業を構想しますが、その理念として、「Farmers First(農民第一主義)」を掲げます.後で詳しく述べますが、FBNは、農民から農業データを収集した上でそれを使ってアナリティクス事業を行おうとします.従来から、農業データを求める資材企業が多くありましたが、資材を後で農民に売りつけたり、農産物を農民から買い付けたりするときの判断材料に使うために農民から農業データを収集している、ととらえられるケースが多々見られました.企業が農民をお金儲けの対象としてみなしてデータを収集しようとしていると農民が予想しているとしたら、農民は企業にデータを喜んで提供してくれるはずがありません.このため、FBNは「農民第一主義」をモットーにして、農民の立場に十分に寄り添うことを名実ともに示しながら農民からデータ提供してもらうことを目指しました

データアナリティクスに関するFBNの戦略の概要は、以下のようにまとめられます.
1) 農業データを農民から多種大量に収集してクリーニングする
2) 異なる精度のシステムからのデータを使いやすいインターフェースに統合する.
3) そうして統合・集計したデータ全体で洞察を得られるようにする.例えば、種子や土壌の種類ごとの栽培データを見て、農民が自分の土壌に合わせて収量が良い種子を選択しやすくする.また、農民が資材を選ぶ能力、資材メーカーとの価格交渉力を強められるようにする.

記事②でも触れましたが、従来から農民の農業データの活用機会は限られてきました.そうした状況を、上述の事業戦略で打開しようとしています.二人は、テストケースとして、種子と収量の関係に関するデータ分析をおこない、その結果をレポートにまとめて、農民に対してこのレポートを購入するためにどれくらいの料金を支払う意思があるかを尋ねていました.そこで農民が平均千ドル程度の支払い意思があるという好結果が得られていました.

FBNの事業を実際に行うには、スタッフ雇用、機器設備投資で相当な事業資金が必要になります.FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、上記のように「農民第一主義」を掲げるFBNの事業にもとづいてネットワークと情報サービスが整備されれば、農民がエンパワーされ農業が変わるという点を、投資家にアピールします.さらに、上記のテストケースの結果として農民からのそれなりのサービス料金回収が見込まれることを示せたので、投資家から事業への支持が得られて、二人は資金獲得に成功します.2014年に二人は、Kleiner Perkins Caufield & Byers (KPCB、Deshpandeが以前勤務)から450万ドル資金を受けてFBNの事業をスタートさせます.

FBNにおけるデータ利用の実際について見ていきます.FBNの設立当初、農場の経営規模によらず加入する農民には一律500ドルの年間加入契約料を課すことにしました(ただし、後に値上げされます).農民はFBNに加入すると、オンラインプラットフォームからデータをアップロードできます.FBNは、栽培データ、機械データに限らず、どのようなソースからのデータであっても受け付けるという方針を取りますFBNは、農業機械のデータ利用を進めるJohn Deere社との間でAPIの使用許可を得ます.John Deere社のトラクターを持つ農民はその機械のICTデータベースをFBNのプラットフォームにつなげれば、機械使用のデータも一緒に利用できるようになります

FBNに所属するデータアナリストはこうして得られる様々な種類のデータをシステムに統合して価値を付与しつつ農民に提供していきます.この一環として、圃場ごとの栽培特性のマッピングがあります.
以下はFBNのホームページでのデータの蓄積、統合、マッピングの概説です.
[9] Farmers Business Network「Data Storage, Integration & Security」 

FBNは、農民のデータの保護にコミットメントしています.特に、モンサントなどの大手資材メーカーにデータを売却しないことにコミットメントし、農民には自分がFBNに預けたデータの利用を中止させる権限が保証されています.また、会社(FBN)の所有者が変化しても、データ利用方法を変化させるに際しては、FBNに加入している農民の許可が要るとされています. 

FBNの中心的信条(central tenets)は、以下の四点です.
1) 透明性(transparency)
2) 共有(sharing)
3) 協働(collaboration)
4) 知識の民主化(democratization of knowledge)

データを多くの農民から集めてまとめた上でその解析結果を農民が共同で使えるようにするという点では、「共有」「協働」が意識されていると言えるでしょう.また、マッピングのほか、FBNによるデータ提供の仕方は簡易、平明で農民にも扱いやすいため(この点については次の記事でもさらに詳しく説明)、その点では「知識の民主化」がよく意識されていると言えます.「透明性」については、それまで農民が農業資材企業の半ば言いなりになって、なぜその資材価格を受け入れなければならないのかが農民にとってわかりにくかったのですが、FBNが資材価格のデータを「見える化」してそれを解消しようとしている点に表れます(これも次の記事で説明します).こうした農業データアナリティクス事業の考え方は、日本のスマート農業の限界打破を考える上で非常に参考になります.

次の記事「Farmers Business Network④」では、FBNのデータアナリティクス事業の内容についてさらに紹介します. 

Farmers Business Network②:米国農民が直面する課題

「Farmers Business Network①」からの続きです.
資料[5]に依拠して、米国農民が直面する課題を、FBNの創設者がどのようにとらえたかを説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

資料[5]によると、米国では農業協同組合が3千程度あり、大半が共同販売をおこない、一部は農業コンサルタントをおこなっています.米国では農業協同組合が広まっているにも関わらず農業資材市場、農産物市場で寡占化が進んでいます.

資料[5]が執筆された2016年当時、モンサントとデュポンでトウモロコシ種子市場の7割を支配していました他のブランドの多くがモンサントからライセンスを得て開発・供給されているため、同市場における二社の実質的なシェアはもっと高くなっていました.
※注:モンサントは、2018年にドイツのバイエル社に買収され、デュポンは、2019年にダウ、パイオニアと統合してコルテバ・アグリサイエンス社になっています
[7] 農業協同組合新聞(2018年6月18日)「バイエルによるモンサントの買収が完了」
[8] 農業協同組合新聞(2019年7月19日)「新生コルテバ・アグリサイエンスが今後の展開と事業を紹介」

資料[5]は、米国の種子市場で寡占化が進んだ要因として、1985年に米国連邦最高裁で遺伝子組み換え(GM)種子の開発特許を認める判決が出されたこと、バイオテクノロジーの研究開発費が高いことを挙げています.これにより種子市場で参入障壁ができて寡占化へ進んだという説明です.

前者の判決の効果は大きく、米国では「種子警察(seed police)」と揶揄されるほど大手種子メーカーがGM種子の使用違反をチェックする体制を強化しています.種子の保存、再販売、交配を禁止し、農村部で監視カメラを設置し、聞き込み調査をするなどして使用違反がないかを取り締まろうとしています.2013年にモンサントは種子の使用違反を訴える訴訟を142件も起こし、ほぼ半分で勝訴していました.

農業資材市場で寡占化が進むのに並行して、大手種子・農薬メーカーが、資材の販売店、農業協同組合に対して、農業資材に関する農民の選択肢を制限するように誘導してきました.こうして農民にとっては、農業資材の取引に関する選択機会が制限される傾向も強まりました.

モンサントはラウンドアップ耐性のGM種子を開発販売を近年強化してきました.この効果としては、それまでは雑草管理のために農民にとって耕起栽培が必要でしたが、ラウンドアップで雑草管理を済ませられるので不耕起栽培に置き換わり、農民が農作業負担を大きく減らせるようになったことが挙げられます.しかし、ラウンドアップ耐性のGM種子を買うと一緒にラウンドアップも買う必要が生じます.米国の農民は大手種子・農薬メーカーに囲い込まれてそこに依存する傾向を強めて資材費の負担を増やすようになってきました

の取引では種子+ラウンドアップといった形で抱き合わせ販売が行われるので、農民にとっては資材費の内訳(資材の種類ごとの本当の価格)がわかりにくくなるという問題も生じました.

大手種子メーカーの提供する種子の種類は非常に多く、それぞれの特徴の違いが細かくなります.また、農業の生産環境、土壌、栽培管理方法は農場ごとに様々です.米国農民は地理的に分散して居住しているため、お互いに意見交換したり協調したりする機会が非常に限られてきました.農業資材に関しては消費者レポートに相当するものは米国でもありませんでした.各地で新しい農業資材がどのような効果を発揮しているか、それがどのような価格で取引されているかについて個々の農民が把握しにくくなり、農業資材市場が地域的に分断化される傾向がみられました.種子を選ぶ際に農民にはさまざまな種類の種子を比較する手段がないので、農民にとってはメーカーから提供される新しい種子が自分に合っているかどうかを見通せなくなりました.

1990~2006年において農業資材の価格上昇率は、化学肥料で2.6%化学農薬で3.5%種子で4.0%でした.それが2006~2015年になると、価格上昇率は、化学肥料で8.1%化学農薬で5.7%種子で11.3%とかなり高まりました.上述のように取引の選択機会が制限され、資材の効果がよく見通せない状況で、こうした資材価格の高騰を受け入れてそれを買い続けなければならないという状況に米国農民は置かれます.

FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、こうした状況の打開のため、まず、農業データを活用して、上述のように農民が資材の効果や価格をよく把握できない状況を解消しなければと考えます

ところが、彼らは、農場でのデータ分析を手伝っているうちに、従来の米国農業界の農業データ利用では以下のような問題が備わっていたことに気づきます.

1) 農場の収量土壌水分窒素などのデータが政府から公開されるが、それがバラバラに利用されている.また、色別にマップ化されたデータだけしか利用できないことも多い.

2) 農業データの統合、相互利用ができない

3) 農民がほとんど自分の農場の過去のデータしか利用できていない.他の農場との比較検討ができないので、資材の種類ごとの使用効果を把握しにくい.(このほかに、大学の圃場実験の結果や種子企業の実験結果も農民に利用されることはあるが、こうした実験の結果は企業に都合がいいように操作されている可能性が完全には否定できない).

4) 農業データの分析に要するソフトウェア計算処理能力が個々の農民の能力を超えている.

このように問題だらけと思える状況ですが、彼らはそこから、農業データアナリティクス事業に対して農民からの潜在的なニーズが大きい、そのため新事業を起こす好機だと捉えます.そして、FBNの事業を着想するようになります.

二人の青年が農業界のデータ利用の根本的問題に一気にメスを当てようと取り組み奮闘する経緯は、非常に興味深いものがありますね.

次の記事「Farmers Business Network③」では、二人がFBNの構想をどのように現実化していったかを見ていきます.

Farmers Business Network①:概要、創業者

本ブログでは日本国内のスマート農業技術に含まれるデータ分析機能に関する記事を多くアップしてきましたが、海外の先進事例についても触れたいと思います.
その際特に私が注目したいのが、米国のFarmers Business Network (FBN)です.

FBNのホームページには、「About FBN」がまとめてあります.
[1] Farmers Business Network「About FBN」

上では、FBNのミッションとして、情報を民主化すること、偏らないアナリティクスを提供すること、また、農民のビジネスのために競争力を創出することによって、農民を第一に据えるような農業の未来を創出すること、が掲げられています.

FBNについて紹介する動画もあります
[2] Farmers Business Network「Farmers Business Network-Overview-」
(CromeにあるYoutube動画の字幕機能を使えば、不完全ですが日本語訳も視聴できます)

FBNを紹介した日本語記事もいくつか見られますが、特に目についたものを二つ挙げます.
[3] フォーブスジャパン「グーグルも支援のアグリテック企業の『農業を民主化する夢』」、2018年8月19日号記事.

[4] フォーブスジャパン次のユニコーン企業と評される、米国発のビジネスモデル図解4選」、2017年12月28日号記事.

このほか、米国の経営学の専門家が、FBNの設立経緯や、事業のねらいについて詳しく解説した記事として、以下があります.
[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

以下では資料[5]に大きく依存しながらFBNについてさらに説明を続けます.

資料[5]によると、FBNの事業の特徴としては、クラウドベースのデータ解析を通じて、偏らない情報を農民に提供して農民の意思決定能力の改善を図ることが挙げられます.その具体例としては、会員の農民が提供したデータを使ってFBNのスタッフが機械学習を行い、種子の選択や耕作技能の改善などに関して農民がヒントを得られるように図ること、また、資材、栽培技能などに関する情報を民主化して農民にいきわたらせることによって、農民を力を高めようとすること(エンパワーメント)が挙げられます.

FBNは、新規の会員農民を多く獲得して現在は会員が1万2千以上に上り、農業データアナリティクス事業の成功モデルとして見られています(上記の資料[3]、[4]を参照).

設立経緯についてですが、FBNは、Amol Deshpande、Charles Baronによって2014年に設立されました.資料[5]に依りながら、この二人の経歴を簡単に述べます.

Deshpandeは、穀物メジャーのカーギルで働いてから、ベンチャーキャピタル企業であるKleiner Perkins Caufield & Byers (KPCB)で働いた経験があります.

一方Baronは、大学卒業後アメリカ合衆国下院歳出委員会、ワシントンのシンクタンク、親類の農場で働いており、その後、 Googleのプログラムマネジャーに就いてからハーバード大学ビジネススクールで学びます.その在学中に、KPCBで農業投資に関する研究調査をおこない、農業部門の市場構造について理解を深める経験を得ます.同大学を卒業してから、Baronはシリコンバレーに行ってDeshpandeと出会います.

Baronは、上記[2]のYoutube動画で、FBNの紹介を語っていた人物です.以下は、Baronへのインタビュー記事です.
[6] Successful Farming「Q&A:Charles Baron, FBN Co-Founder」、2019年12月17日記事.

DeshpandeとBaronは、農業データ分析の問題に関わる農業分野の専門家農業者と親交がありました.二人は、米国農民が直面する農業データ利用の問題が深刻で、その解決に資するようなデータアナリティクス事業には市場ニーズがあることに気づき、FBNの事業を構想するようになります.

次の記事では、二人がとらえた、米国農民が直面する問題点について紹介します.

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