2021年5月21日金曜日

卒業生の課題研究「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」 

 当研究室における本年3月の卒業生、中村将之さんは、「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」をテーマに卒論研究(課題研究)を進めました。

 その卒論研究の要旨について以下に抜粋して紹介します。 

 要旨:近年の日本では農業における若い世代の流入不足と定着率の低さが課題になっています。2019年に働き方改革法案が施行されましたが、農業においては生物を相手にするという性質上、全ての農業経営者がこれに取り組めているわけではありません。この現状は、これからの担い手となりえる新規就農者を受け入れ育てていく上で懸念すべき事態だと思われます。

 本研究では、四国地方にある大規模酪農経営体(仮称:A酪農)において、経営者の立場から働き方改革を進める際にどのような問題に直面しやすいか、また、従業員から見て就業環境がどのように捉えられ、その評価が彼らの就業意欲にどのように影響を与えているかについて分析を行います。そして、これらの分析を通して、A酪農での働き方改革の進め方について考察します。

 第1章では、A酪農の経営概況について説明します。A酪農では経営規模拡大を積極的に進め、昨年調査時点で従業員や実習生の採用が大規模に上っていることなどを説明します

 第2章では、A酪農の現場責任者から見た、従業員管理の状況に関する聞き取り結果について述べます。A酪農では、規模拡大を積極的に進めるに際して、後継者となりうる若い人たちが入社できる環境づくりを重視してきました。具体的には休日を徐々に増やすなどです。一方、A酪農では、下の世代の教育の不十分さと職場内のコミュニケーションの不足になお悩まされています。経営に関する情報や指示が上から下に人を介すごとに、伝言ゲームのように肝心な部分が抜け落ちることが散見されているそうです。

 第3章では、A酪農の従業員に対して様々な就業条件・環境についてアンケート調査を行った結果から、統計解析を通じて導かれる結果について述べます。A酪農の従業員に対して就業満足度や就業環境について6段階で評価してもらい、その回答結果を得ました(有効回答22件)。その結果を用いて、A酪農の従業員の就業満足度や長期就業意欲に対して影響する要因について線形回帰分析と、順序ロジット分析を行いました。この分析結果より、A酪農では、従業員どうしで意思疎通がよくなされていると考える従業員ほど、また、休日が適度に確保されている従業員ほど、さらに、経営方針が従業員の間に理解され徹底されていると考える従業員ほど、A酪農での就業に対する満足度を高めて、A酪農に長く勤めたいとより強く考える傾向があることが確かめられました。言い換えると、A酪農の従業員の間には
 従業員間の意思疎通、休日確保、経営方針の確認・徹底に対する高い評価→就業満足度、長期就業意欲の改善
という因果関係があることが示唆されています。有効回答が22件でしたので、この結果が頑健かは議論の余地がありますが、決定係数で見た説明力は高くなっていました。
 
 第4章では、A酪農で働き方改革をどのように進めるべきかについて考察します。上記統計解析の結果より、A酪農で従業員の満足度や就業意欲を高められるように働き方改革を進めていく上で、(1)従業員間の連絡・情報共有、(2)休日確保の体制、(3)経営方針の徹底と確認、が特に重視されるべきだと考えられます。
 (1)従業員間の連絡・情報共有に関する具体策としては、若い世代が上の世代に相談・質問しやすい環境を作り、これまでに上がった質問事項はSNSなどでリスト化することが挙げられます。
 (2)休日確保の体制に関する具体策としては、外国人実習生をより多く導入し仕事の分担を進めることで休日を確保しやすくすることが挙げられます。
 最後に、(3)経営方針の徹底と確認に関する具体策としては、始業時に全員で業務計画を確認したり、経営方針を全社員が共有する会合(社長との座談会を含む)を定期的に開いたりすることが挙げられます。
 以上のように、大規模酪農経営における従業員の就業意識の調査結果から、働き方改革の進め方について検討を行った点が、本研究の成果と貢献に挙げられます。

2021年5月16日日曜日

卒業生の課題研究「スマート農業の技術実証の成果に関する考察」

 当研究室における本年3月の卒業生、倉本大樹さんは、香川県外のある地域を対象にしてスマート農業の技術実証の成果に関する卒論研究(課題研究)をおこないました。

 以下では、この卒論研究の要旨を抜粋して紹介します。 

 要旨:近年、我が国では「スマート農業」が農業の課題を解決するものとして注目されています。しかし、現状ではその採用の実態が見えにくく、実際にスマート農業が生産者に有益で農業生産の課題解決につながるものかどうかは検証が待たれています。本研究では、全国に先駆けてスマート農業を用いた特産品の栽培を実証プロジェクトを進めているA県B市において、スマート農業技術の導入状況、導入の成果に関して、地元の農業改良普及センターから聞き取り調査を行いました。そして、この聞き取り調査の結果と収集資料に依拠しながら、スマート農業技術の有用性や限界、その普及上の課題について考察します。

 第1章では、A県B市の農業生産の概況、スマート農業技術の導入経緯について説明します。B市は全国的に有名なブランド農産物の産地ですが、農業の担い手不足が深刻になってきたため、平成30年度から特産物を対象に4種類のスマート農業技術の実証が行われるようになったことなどを説明します。この4種類とは、1)人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布をおこなう技術、2)山の芋栽培への土壌水分センシングの活用、3)EXCELに基づいた簡易な営農管理システム、4)水田の水管理センサー、です。

 第2章では、B市において、人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布を行う、という実証プロジェクトがいかに進められ、どのような成果が得られたかを説明します。B市の一部の水田作において上記のような人工知能を利用した農薬散布の実証プロジェクトが導入されましたが、聞き取りより、ピンポイント農薬散布を実現するという当初期待した効果は得られていないことが判明しました。
 B市で採用された人工知能による害虫発生検知では、検知対象の害虫がほぼ一種類に限られるという非常に厳しい制約がありました。B市の実証圃場の耕作者は、実証プロジェクトが開始されてからようやくその制約に気づきます。このほか、実証プロジェクトを行ってみると、日照条件によっては害虫発生を誤検知する場合も多くあることにも気づいたそうです。B市ではこれらの問題が無視できないと考えてこの技術を継続採用することを断念し、代わって、ドローンによって水田を全面農薬散布することを選ぶに至ったそうです。

 第3章では、B市において山の芋栽培に土壌水分センシング技術がいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。今回の実証プロジェクトでB市では山の芋栽培に土壌水分センシングが行われ、重要な夏場の水管理を効率化できるという手応えが耕作者に得られるようになりました。しかし、現在の土壌水分センシング機器は自分たちにとって不必要な機能も備え、機器が高価に感じられているそうです。土壌水分センシング機器の低コスト化が進めば、その利用者が増えることで山の芋生育と土壌水分の関係に関するデータが多く得られるようになります。このとき、そのデータ解析によって山の芋栽培での水管理の効率化が一層進められることも考えられます。今後このようにセンシングの普及とデータ活用が進むことがB市では期待されているそうです。

 第4章では、B市において、EXCELに基づいた簡易な営農管理システムがいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。B市では、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムが多数の生産者の水田作ですでに利用されています。この営農管理システムを通じて生産状況を「見える化」できること、従業員どうしで栽培管理状況の情報共有がしやすくなることがなどが、利用者にその導入メリットとして感じられています。他方で、この営農管理システムにバグが多く、端末上でデータが閲覧しにくい場合があることなどが、その問題点として意識されているそうです。ただし、システムの利用料金が低廉で農業者には導入しやすいため、今後その利用者が増えながらシステムが改善されていくことも期待されています。

 第5章では、B市における水田センサーの実証に関する聞き取り結果について述べます。同市では今回の実証プロジェクトの一つとして水田センサーが一部圃場で導入されました。しかし、水田センサーを導入しても、耕作者が稲の生育状況を確認するためには水田の見回りが欠かせません。水田の見回りをおこなうとなると、その際に生育状況の確認だけでなくついでに水田の用水管理(取水口の昇降)をおこなったとしても耕作者にとっては大きな負担増にはなりません。これより、B市では、水田センサーに頼って水管理を進めるよりも、水田の見回りの際に生育状況の確認と用水管理をまとめて行う方が費用対効果の面で優れる、という判断に至ったそうです。こうして、B市では今回の実証プロジェクトでいったん水田センサーを導入しましたが、すぐにその利用中止が決定されたそうです。

 第6章では、以上の結果をふまえて、スマート農業技術を今後活用する上で関係者が特に意識すべき点を考察します。
 今回の実証成果を振り返って見ますと、土壌水分センシングと、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムについては、生産現場に比較的によく適合していることが耕作者にも認識され、今後その普及により地元の農業生産を改善することが期待されていることが伺えました。これらでは低コスト化や性能改善を追求しながら現場で普及を促すことが今後求められるでしょう。
 他方で、今回の実証において、人工知能を使って害虫被害を検知してドローン農薬散布するという技術や、水田センサーを導入した農業者からは、それらの導入について良い評価が得られませんでした。これらの性能や導入効果の限界は、事前に普及機関がよく見定めておくべきだったと考えられます。
 今後は、スマート農業技術の種類ごとに技術の効果を関係者が事前にできるだけよく見極め、費用対効果をより高める形で技術を取捨選択しつつ採用していくことが求められると考えられます。

卒業生の課題研究「五名地区の活性化におけるジビエ活用に関する考察」

 当研究室における本年3月の卒業生、田中彪士さんは、「五名地区の活性化におけるジビエ活用に関する考察」というテーマで卒論研究(課題研究)をおこないました。五名地区は、香川県東かがわ市の南部に位置し、過疎地域活性化に向けた取り組みで全国表彰を何度か受けたことがある地域です。一昨年には「ポツンと一軒家」というTV番組にも取り上げられました。

 以下では、この卒論研究の要旨を抜粋して紹介します。 

 要旨:現代日本の農山村では少子高齢化・人口減少などへの対処が大きな課題になっています。香川県東かがわ市五名地区は、全国過疎地域自立促進連盟会長賞を受賞するなど、農山村活性化への取り組みでは全国的な優良事例として評されています。五名地区での活性化の動きは2018年に「(新)五名ふるさとの家」が設立される前後からジビエへの取り組みを中心に変化を遂げてきています。本研究では、近年、五名地区でどのように地域活性化が進んでいるかを、ジビエを中心に考察します。地域活性化に向けた取り組みのうち特に、五名地区のジビエの経済的利用がいかに発展を遂げているかについて、「(新)五名ふるさとの家」の運営者を対象にした聞き取りから検討を進めます。
 
 本研究の第2章では、まず、五名地区の様々な取り組み内容を整理して、小田切徳美氏『農山村は消滅しない』第Ⅱ章(岩波書店、2014年)で提唱されている地域づくりのフレームワークにそれらがいかに当てはまるかを説明します。
 五名地区では1985年より白鳥林友会による森林管理活動が始まり、2000年代半ばからは(旧)五名ふるさとの家、五色の里が設立されて消費者へのジビエの提供が始まりました。 ジビエの核にした地域活性化の動きが進み出し、2010年代半ばに五名活性化協議会が設立され、そこでの住民間の議論にもとづき、2018年には(新)五名ふるさとの家が開設されました。(新)五名ふるさとの家は、安価で高品質なジビエ料理の提供と産直により高い集客力を持つに至っています。
 本研究では、2000年代から上記活動を通じて五名地区の住民が地元に誇りを持つようになり、小田切(2014)が言う「暮らしのものさしづくり」「主体づくり」の形成がそこで進んでいたことを指摘します。また、五名地区活性化協議会の活動を通じて住民間の議論、コミュニティ活動が進んだり、空き家提供などで生活条件の整備が進んだことから、小田切(2014)が言う「暮らしの仕組みづくり」「場づくり」が五名地区で形成されたことを指摘します。最後に、五名地区では森林資源、ジビエの経済的価値が追求されることで、小田切(2014)が言う「カネとその循環づくり」「持続条件づくり」が形成されたことを指摘します。こうして近年における五名地区の活性化の動きが、全体として、小田切(2014)の提唱する地域づくりのフレームワークに適合していたことを説明します。この最後の「カネとその循環づくり」については特に重要と思われますので、第3章以降で調査結果にもとづき詳しく説明します。

 本研究の第3章では、五名地区の近年のジビエ取り組みに関する調査結果について述べます。(新)五名ふるさとの家の店主のA氏は、香川県外出身で東日本大震災のボランティア経験を経た後に、2016年に知人の紹介で五名地区に移住しました。その後2年間、五名地区で林業研修生に就き、そこでの取り組みなどが評価され、五名活性化協議会によって(新)五名ふるさとの家の店主を任され、ジビエ料理提供にあたるようになりました。
 「五名里山を守る会」によって間伐など森林保全が取り組まれている五名地区の一部地域では、イノシシ、シカの餌となる木の実が豊富に備わり、それを食べたイノシシ、シカの肉質が周辺地域で捕獲されるものに比べて良くなっています。A氏ほか五名地区の狩猟グループは、こうした好条件の地域でイノシシ、シカを(銃ではなく)箱ワナで捕獲し、捕獲後には素早く血抜き、解体処理を済ませます。A氏らは、これらの解体処理を一貫して効率よく行うことで、五名地区で提供されるジビエの味を大きく高めることができていると評価しています。
 A氏は(新)五名ふるさとの家でのジビエ調理に携わっていますが、五名地区に移住する前には沖縄で野生豚の料理提供を行った経験がありました。A氏は、そうした経験から、優れたジビエ調理技術を蓄え、肉の部位ごとに付加価値の違いに留意して、各種食材や販売商品向けに肉を巧みに使い分けることができています。
 このほか、五名地区に住む何人かの女性は、(新)五名ふるさとの家に自家製野菜を提供したり、そこでの皿洗い、A氏の育児を自発的に手伝ってくれたりしています。こうしてA氏がジビエ提供に打ち込めるためのバックアップ体制が確保されています。
 こうした取り組み、体制のおかげで、(新)五名ふるさとの家では絶品に感じられるようなジビエ料理を安価に提供することが可能になっています。そして、その集客力が高位安定し、上で述べた五名地区の「カネとその循環づくり」「持続条件づくり」の形成に大きく寄与していることが伺えました。

 本研究の第4章では、今後の五名地区の活性化に関する展望について述べます。五名地区への来訪者、ファンを今後広げようとした時、SNSの活用を今よりも進めることが課題に挙げられます。また、五名地区への移住希望者に提供できる空き家を確保して五名地区への移住促進につなげていくことも重要な課題に挙げられます(現在は五名地区への移住希望者が多くて、提供できる空き家が不足しています。移住希望者は空き家の順番待ちの状態)。
 他の過疎地域でも、五名地区のように、森林資源の保全管理とイノシシ・シカの捕獲解体処理を効果的に進めることで、森林資源とジビエの経済的利用を補完的に発展させられる可能性が考えられます。ただし、こうした取り組みを進める際には地域住民間の協力も欠かせなくなり、その協力形成のフレームワークを考える際には、小田切(2014)の提唱する地域づくりのフレームワークが参考になると考えられます。五名地区のように丁寧な仕事と少ない人手の中での工夫や協力を編み出す体制を設けることが、その活性化取り組みの大きなヒントになると考えられます。

2021年3月11日木曜日

Bainbridge (1983)「自動化の皮肉 (Ironies of Automation)」

このブログでも以前から紹介していますが、農作業を自動化(自働化)させることを謳い文句にしたスマート農業技術が近年多く現れるようになりました。

農業に限らず、作業の自動化にともなって人間にどのような影響が及ぶか、人間にどのような対処が求められるか、人間とコンピュータの協働はいかにあるべきか、こうした問題を40年近く前に考えて答えを提示しようとした論文があります。以下の論文です。

Bainbridge, L. (1983) Ironies of Automation, in G. Johannsen, and J.E. Rijnsdorp, eds., Analysis, Design and Evaluation of Man–Machine Systems, Pergamon: 129-135.
https://doi.org/10.1016/B978-0-08-029348-6.50026-9

タイトルが「自動化の皮肉 (Ironies of Automation)」で、生産工程を自動化しても最初に期待していたほど状況は楽になりませんよ、人間の負担はもっと増えるかもしれませんよ、もっとこういう対応も考えておかなければ駄目ですよ、、、と警告を与えるような趣旨の論文です。
Wikipediaにも解説があります。

Bainbridgeは女性の認知心理学者で、上の論文の執筆当時はUniversity College London所属でした。
執筆時期は1980年代前半で、PCがやっと出回り始めた頃です。
当時、農業にICTを活用する発想もほとんど見えてない時代で、この論文では農業での自動化(自働化)について何も述べていません。
それでも、私がこの論文を読んだ感想として、現在農業へのICT・自働化導入を考える際に注意すべき点について多く示唆が得られるように感じられました。
上のWikipedia記事によると、Bainbridge (1983)に関する論文引用件数は次第に増えて膨大にのぼるそうです
そこで、ざっとですがこの論文の趣旨を紹介させていただきたいと思います。

コンピュータなど使ってあるシステムの自動化を進める際、そのシステムに関わる人間にいろいろな役割、仕事が残されます。
Bainbridge (1983)は、このときの人間の役割、仕事について以下のように整理します。
彼女は、システムの自動化を進めるときのオペレータに残される仕事として、
①自動化されたシステムが正しく作動しているかをモニターすること
②そのシステムが正しく作動していないときに事態に対処すること
を挙げます。

Bainbridge (1983)では、まず、①が実際に円滑に行えるか?が考察されます。
①が円滑に行えるためには、システムが正しく作動しているかを人間が適切に判断できることが必要です。これが実際すんなりうまくいくでしょうか?

システムの作動状況について単調なモニタリングが延々続くと、オペレータの注意が散漫になって、システムが正しく作動していないことを見落としやすくなることが考えられます。また、オペレータが自働化されたシステムに長い間(数か月間、数年間)仕事を任せていると、その判断力・勘が鈍ってしまい、システムが正しく作動していないことを見極められなくなる可能性も考えられます。特に、自動化処理を進めるコンピュータの判断が複雑化しているときほど、その判断が適切かを人間が完全に見極めることは困難化します。

こうした懸念への対応策としては、まず、オペレータに状況を記録・報告させて注意を怠らないように促すことが考えられます。しかし、その対応策をとった時でも、記録を取る行為自体が機械的作業になってオペレータが事態をよく観察しないままになる恐れがあります。

このほか、システムが誤作動していることを別の機械で検知してアラームをオペレータに与えることも対応策として考えられます。しかし、異常の検知に手間取って、そのアラームが出てからでは対応が手遅れになることも考えられます。また、異常事態の発生が確定する以前にアラームを出して早めに強く注意を促そうとすると、今度はオペレータがアラームの意味をさほど信用しなくなること(いわゆるオオカミ少年効果)も考えられます。

次に、Bainbridge (1983)では、②が実際に円滑に行えるか?が考察されます。
②に関しては、システムが正しく制御されていないことが判明した場合に、マニュアル制御に切り替えることが一般的でしょうが、その際にマニュアル制御をおこなう技能が担当オペレータに確保されているかどうかが問題になります。
ここでオペレータにとってマニュアル制御の経験がない、あるいは、マニュアル制御の経験はあるものの長い間実際には行っていないとすると、オペレータにとって、制御がうまくいかない原因を適切に把握して回復策を講じることが難しくなりやすいと予想されます。

こうした懸念への対応策としては、起こりうる事態を想定して組み込んだシミュレーション訓練を担当オペレータに受けてもらい、その訓練を通じてオペレータのマニュアル制御での対応能力を高めることが挙げられます。事態が刻一刻と変化する状況を扱えるような動的シミュレーターがこの訓練にはふさわしいと考えられます。
しかし、そのときでも未知、想定外の事態はシミュレーターでは扱いきれないという問題が残ります(10年前に福島第一原子力発電所内でもこうなっていたのかと福島県出身の私は思い返してしまいます)。

以上のような考察から、①、②の対応で起こりうる諸問題の発生・悪化を未然に食い止めようとすると、システムの自動化を進める前よりも高い能力や重い負担が、人間であるオペレータに求められてくるとも考えられます。

もともとは人間を楽にしようとして自動化したのに、結局は自動化で人間の負担を前よりももっと重くしなればならなくなるかもしれない、、、

というのがBainbridge (1983) の「自動化の皮肉」が言わんとするところです。

こうしてオペレータである人間に重い負担を求める形で自動化を進めなければならないとなると、オペレータにはストレスが多くかかり、仕事への意欲が下がってしまうことも懸念されます。

ではこうした事態を避けられるような何か良い解決策はないのでしょうか。

コンピュータが仕事に進出してくるとき人間とコンピュータの間のあるべき関係としては、両者間で分業を進めること、つまり、単純なマニュアル作業はコンピュータに任せて自動化し、人間はより高度な仕事を集中的に担うべきだという主張がしばしば出されます。
しかし、Bainbridge (1983) は、このような分業を考えるだけでは「自動化の皮肉」現象への対応策としては不十分であることを述べます。

Bainbridge (1983) は、「自動化の皮肉」現象への対応策として、人間とコンピュータの役割をそのように分けることではなく、コンピュータが人間の技能形成や就業意欲を支えられるように、両者の役割を適切に統合すること (integration) を提案しています。

Bainbridge (1983) が考えている望ましい人間とコンピュータの統合化の形態は、コンピュータが人間が扱う仕事の種類や仕事の忙しさをリアルタイムで把握して、オペレータの能力の高低や時間ストレス(急を要するか)に適切に応じながら、洗練されたディスプレイの案内表示を通じてオペレータの仕事を支援する、というものです。

Bainbridge (1983)は、航空機の操縦ではパイロットが同時にいくつもの仕事をこなさなければならないとき自動操縦に切り替え、こなすべき仕事が減ったらマニュアル操縦に切り替えるようにしていたことを、この引き合いに出します。彼女は、こうした人間とコンピュータの関係を一般の生産管理システムでも実現できないかと構想していたようです。

生産管理システムでコンピュータがオペレータに指導や指示を出しすぎると、オペレータが生産管理システムに起こりうる諸問題の構造について理解し対処能力を身につける機会が失われてしまいます。このため、Bainbridge (1983)は、人間にとって仕事の負担が重い状況などに限りつつコンピュータが人間を支援するという形で両者を統合できないかと構想していました。 

こうした支援システムの実現のためには、先述のように、コンピュータが人間が扱う仕事の種類や仕事の忙しさをリアルタイムで把握できることが必要になります。このシステムは、論文が書かれた当時はまだ構想できていなかったようで、Bainbridge (1983)の論文では具体的に述べられていません。しかし、現在は多くの管理工程において、タッチパネルほか、アイカメラ、生体センサ、チャットボット、その他AI搭載の機器類を使ってこの支援システムを作ることは可能になってきていると思われます。

このほか、Bainbridge (1983)は、上記の支援システムがうまく機能するためには、コンピュータがどの仕事をいかに扱うことができるのかについて、人間があらかじめよく把握しておくことが必要であることを強調しています。それができていないと、人間がコンピュータを頼りにしすぎて「あてが外れた」となりやすいためです。Bainbridge (1983)が提唱する「統合」ではここが急所になりやすいかもしれません。 

私が乗っている某メーカーの自動車にも、高速道路でハンドル、アクセル操作を支援する機能が備わっています。ボタン一つで支援機能の作動が始まり、運転者がブレーキペダルをちょっとでも踏むと支援機能は解除されるようになっています。また、ハンドル操作が数分間行われていないとハンドル操作を行うように警告音が出るのでハンドルを取り回そうという気にさせられます。以上は、人間に運転への注意を呼び掛けつつ人間とコンピュータの間で運転が円滑に切り替えられるようにと、自動車メーカーなりに配慮した結果なのでしょう。これもBainbridge (1983)が構想した統合化されたシステムに該当してくると思われました。彼女の構想に沿うような支援システムの例は他にもすぐ見つかるでしょうね。

(話が少しそれましたが)まとめますと、Bainbridge (1983)は、「自動化の皮肉」現象を指摘して、その対処として人間の能力、意欲の維持のためにコンピュータを活用して両者の機能を統合することを提案した先駆的論文として、その意義・貢献を高く評価できるでしょう。

論文読後の感想としては、スマート農業技術が導入されると農民が楽になるように喧伝されますが、やはり、Bainbridge (1983) の言う「自動化の皮肉」現象により、スマート農業技術を導入した農民がかえって苦労することにならないのかによく注意する必要があると痛感しました。
また、それを避けられるように農民とコンピュータの役割の統合をいかに進めるべきかについて、スマート農業技術の開発研究、普及に携わる方々がよく注意を払ってほしいと思いました。
そのためにもBainbridge (1983) の論文エッセンスは日本の農学研究者の間にもぜひ知れ渡ってほしいと思います。    

2021年2月26日金曜日

農学部における統計学教育

香川大学農学部ではこれまで、他大学の先生に「生物統計学」の非常勤講師をお願いしてきましたが、コストカットもあって令和3年度から農学部所属の教員数名で「生物統計学」を担当することになりました。私もその担当に加わることになりました。

担当教員どうしで打ち合わせ会議があり、講義内容の打ち合わせ、分担、シラバス作成へと進みました。私の主な担当テーマは、
①統計的推測の基本的な考え方
②標準正規分布、カイ二乗分布、t分布、F分布の基本性質の解説
③代表的な区間推定(上記の分布関数を使って行えるもの;母集団が正規分布に従うときのその母平均、母分散に関する)
④代表的な仮説検定:z検定、t検定、ウェルチ検定、F検定、カイ二乗検定
です。他の先生が、実験計画法、分散分析、回帰分析などを担当して講義されます。

従来の香川大学農学部の統計学教育の状況について農学部教員に意見を尋ねるアンケート調査が行われていて、その結果によると、従来の農学部の統計学教育に満足しかねる教員が多くいました。現状を改善せよという声が強いので、期待に応える講義をしなければと責任を感じます。

昔は統計は大学入試でめったに出題されないから高校の授業で省略されることが多かったかもしれません。今は高校数学で統計は早い段階に取り扱われ、本年から始まった共通テストでは早速出題対象になりました。学生にとっては統計学を受け入れる余地は昔よりは大きくなったのかなと思います。

正規分布の基本特性、また、一般の正規分布に従う確率変数を標準正規分布に従う変数に変換する方法(標準化)については、以前から高校数学の範囲になっています。また、母集団が正規分布に従い、その母分散が既知という条件の下で、標本平均の値を使いながら母平均について区間推定する方法(標準正規分布を使用)も、以前から高校数学の範囲内になっています。

今回の生物統計学の講義の際には、学生にはまずこのあたりを思い出してほしいです。思い出してもらえれば、私が「では母分散が未知だったらどうやって母平均を区間推定するのか?」と話を振ったとき、話に食いついてもらえるだろうと期待しています。

学生へのアピールの方法としては、

母分散が未知の場合に母分散の代わり不偏分散を使うことを考えてみよう
②不偏分散に関わる分布を知っておこう→カイ二乗分布、F分布の登場
標本平均を使いながら母平均について区間推定する際、母標準偏差(σ)の代わりに不偏標準偏差を使ったらどうなるか→標準正規分布に代わってt分布の登場

といった形で数珠つなぎ的に不偏分散、基礎的な分布(カイ二乗分布、F分布、t分布)に注意を向けてもらえるように誘導したいと考えています。学生がこれらの分布にイメージを持てるようになれば、代表的な区間推定、仮説検定の話題に入れる準備もできてくると期待されます。

全体的に、数式の羅列で講義したら学生が修学意欲を喪失する可能性が高いでしょうから、図解も積極的に入れたいと思います。例えば中心極限定理については、標本サイズが大きくなるにつれて標本平均の分布が母平均の周りに集中してくることを描いたイメージ図であっさり説明したいと思います。(私は、小針晛宏先生の『確率・統計入門』(岩波書店)で中心極限定理を学びましたが、この教科書では中心極限定理の証明完成までにかなりの頁数を費やしていました。私が出席していた京大教養部の「数理統計学」の授業では、担当の先生がその証明を板書で説明しようとしていたことが思い出されます)。

また、私の担当テーマの区間推定、仮説検定はEXCELの「データ分析」機能の範囲内なので、EXCELの画面を見せながら、区間推定や仮説検定をEXCEL上で実際にどのように行えるかを解説したいと思います。EXCELの画面に出てくる検定結果も、理論的な説明内容と照らし合わせて学生が円滑に読み取れるようになってもらえれば、と期待しています。

EXCELだけでは物足りない学生も出るでしょうが、幸い、今回の講義では他の先生がRの操作方法を解説しつつ他のテーマを講義されますので、お任せします。

将来的には農学部内でRが使い勝手が良いと思う学生がポツポツ現れるようになって、農学部内で統計分析の研究が少しは流行ってもらえたらと勝手に期待しています。私は別の授業でRコマンダー、R-Studioを紹介するなどしてその手助けをできればと思います。このほか、今回の講義で扱うような古典的な統計学の限界について指摘する研究が出て、代わりにベイズ統計学に期待する流れも徐々に出てきていますので、将来、別の授業でベイズ統計学について紹介できればと考えています。久保拓弥氏『データ解析のための統計モデリング入門』(岩波書店)は、香川大学農学部でも授業で取り扱うニーズはあるのではないかと見ています。

2021年1月28日木曜日

学生調査実習⑤:ふりかえり(キウイフルーツの生産・流通のDXに関して)

  1月27日の事後演習より、Orchard & Technologyの末澤さんからの講演内容に関するふりかえりを進めます.

 事後演習で学生から挙がった反応を見ますと、「ゼスプリのキウイのCMは知っていた.それと絡めて今回改めてNZのの日本市場攻略について驚いた」という感想が挙がっていました.NZに留学した経験のある学生は、NZ国民がキウイをよく食べるという印象を持っていたそうで、その背景(NZの生産能力の高さ)を思い知ったということでした.

 私としては、まず、キウイ市場におけるNZ産と国産の関係が気になりました.

 日園連から出版されている雑誌『果実日本』ではこれまでキウイに関する特集号が何度か組まれたことがあります(2006年12月号、2014年12月号、2019年7月号).80年代からNZ産キウイが日本に進出して日本でキウイの需要が開拓されるようになったこと、北半球と南半球の違いで日本の冬・春はNZ産の端境期にあたり、国産がその時期に需要拡大の追い風に乗って供給を増やせるようになったこと、がそこで指摘されています.こうした局面を見るとNZ産は国産と補完的のようでもあります.

 他方で、NZの収穫時期はその年の気候によって変化があり、国産の出荷時期に入ってもNZ産が遅くまで輸出され、国産がそれに対抗できない場合もあることが指摘されています.この一面を見れば、NZ産は国産と代替的となります.

 どうやらNZ産と国産のキウイには、需要拡大のような長期的側面を見れば補完的だが、その年の気候変動の影響のような短期的側面を見れば代替的になりうる、という一見変わった関係があるようです.この状況で日本はどのようなキウイ戦略を取るべきかが、末澤さんの講演に直結するテーマになりますが、これを経済学的に分析できたらと思いました.

 このほか私が気になったのは、キウイ生産・流通のDXに伴う、生産管理の権限配分の変化についてです.

 末澤さんの構想する事業では、キウイ生産・流通のDXを促進する観点から、キウイの生産管理を、気象・栽培情報の収集・分析を通じて従来のキウイ生産よりももっと集権的に進めることを意図している、と私には解釈されました.これは、下記の記事にある「アグリコンシェルジュサービス」から指示が次々に出されて、統一ブランドで出荷する生産者に、そうした指示に対応する責務のようなものが課されると予想されるからです.
 ITメディア「(後編)キウイ農家の“収穫予測AI”、実は「1週間程度」で構築 スピード開発の秘訣は」2019年10月16日号

 組織の意思決定権限を集権的にするか分権的にするかというテーマは、組織の経済学では重要なテーマで、多くの論説がこれまで著されています.こうした論説を、末澤さんが構想する事業状況にあてはめた場合に言えることを考えてみます.

 統一ブランドの形成に向けて生産者が組織を作り、その組織マネージャーがそのメンバーたる多数の生産者に多く指示を出す場合を考えると、マネージャー自身が生産者の栽培環境の変化を逐一把握できなければ、生産者の環境に対応した指示を出すことに失敗してコストが発生します(不適応コスト).

 このほか、マネージャーが生産者の栽培環境を正しく把握することができたとしても、生産者にその指示がうまく伝わらないために、生産者がその指示を実行し損ねて、例えば、ブランド価値の毀損などの形でコストを発生させることが考えられます(調整失敗コスト).これがよく起こるかどうかは、マネージャーと生産者の間の意思伝達の費用、正確さなどに依存します.

 組織の経済学の分析結果に従えば、こうした状況で大きな不適応コストが発生するときほど、マネージャーが生産管理をコントロールするよりも、現場の生産者に管理を任せる方が効率的になりやすいことが指摘できます.これは、現場をよく知らない人間が管理することのリスク、コストがより強く感じられてくるからです.

 また、マネージャーと生産者の間の意思伝達の費用が高くつき、意思伝達の正確さが確保されにくいときほど、上記の調整失敗コストの発生も増えてくるため、マネージャーは生産者に生産管理の権限を任せて、マネージャーからの指示、マネージャー・生産者間の意思伝達自体を少なく抑えてしまう方が効率的になりやすい、ということも組織の経済学の分析結果から指摘できます.

※ここでいう組織の経済学の文献とは、具体的には以下です.
Dessein, W., and T. Santos (2006) "Adaptive Organizations", Journal of Political Economy 114: pp. 956-995. 

Bolton, P., and M. Dewatripont (2013) "Authority in Organizations: A Survey", in: R. Gibbons, and J. Roberts eds., Handbook of Organizational Economics, Princeton University Press: pp. 342-372.  

 もしもNZのキウイのように栽培管理の専門家(コンサルタント)が多く存在して、キウイ生産組織のマネージャーがその専門家に多数の栽培現場の確認、多数の生産者との調整にあたらせることができるのならば、上記のような不適応コスト、調整失敗コストは少なく抑えることが可能で、上記の理論予測の逆の状況、つまり、生産者に代わってマネージャーが生産管理をコントロールする状況が選ばれて成立しやすいと予想されます.
 
 日本で農業生産・流通のDXにおいてICTを駆使したデータ蓄積・分析能力が進展するとしても、やはりこうした専門家の存在が果たしうる役割は大きく残ると考えられます.以前にこのブログで紹介しましたが、カルビーでは、フィールドマンが栽培現場に送られ、ICTも同時に駆使して馬鈴薯の栽培管理をコントロールする体制が採られていました.
カルビー「農業の持続可能性向上」

 これをモデルにして、キウイの場合でも、専門的知見を備えた人とICTを適切に組み合わせて栽培管理をコントロールできる体制が望ましいのではないかと考えられます.末澤さんの構想される事業でもこうした点が意識されると、その実現可能性はより高まるのではないかと思われました.

学生調査実習④:ふりかえり(熟練農業者の技能継承サービスに関して)

 生産コース実験のうち1月27日の事後演習では、1月14日の講演内容を踏まえた事後演習をおこないました.

 まず、キーウェアソリューションズによる熟練農業者の技能継承サービスについて、学生から挙がった感想を紹介しますと、VRによる剪定の習得システムを評価する声が多くあがりました.「果樹の剪定作業をしたことがあるが、切ってはいけない枝を剪定してめちゃくちゃ怒られたことがある.VRでの剪定学習があったら助かる」「農業の現場でVRをもっと導入したらいい」という意見が出ていました.

 また、佐賀のトレーニングファームも評価が高く、佐賀のトレーニングファームを訪問したいという意見も出ていました.トレーニングファームで基礎から教えてもらえるというのが若者目線で見ても頼もしく感じられるようです.

 学生にはキーウェアソリューションズの取り組みについて全般的に評価が高かったことが伺えました.

 私の方で、キーウェアソリューションズのリンゴVR剪定について検索してみたところ、以下の記事にあたりました.

東奥日報「リンゴ産業最前線 スマート農業に活路」2020年3月17日号
(記事の途中からは会員登録した人のみに公開)

 この記事には、若手でリンゴ栽培に研究熱心な森⼭さんという方が、リンゴのVR剪定習得システムについて、「時間も空間も⾶び越えている」と⾆を巻いたとのエピソードが載っています.昨年2⽉に弘前市で開かれた「りんご産業イノベーションセミナー」でリンゴのVR剪定習得システムが公開され、⼤きな反響を呼んだともあります.弘前市役所のリンゴ課の担当者からも評価が高いそうです.

 香川県でも果樹の適地があり、剪定技術が重要になりますので、私としても、香川に適した剪定技術の習得システムは導入できないかをよく検討する必要があると感じました.地元の自治体やJAの職員の方々にも検討を呼びかけてみたいと思いました. 

 このほか、佐賀のトレーニングファームに関する記事を検索したところ、以下にあたりました.

第67回佐賀県農政審議会(2020年12月24日開催)会議録

この中に出ている委員発言を引用します.

トレーニングファームについては、きゅうりの1期生が就農してほぼ1年経つが、1 年目から県内トップクラスの収量をあげた者もいて非常に驚いている。 トレーニングファームを考えたとき、我々は、苗屋さんだと思う。今後、苗を育て仕上げていく中で、どのようにサポートしていくかが今からの大きな課題だと思う。 卒業生達は1億円、2億円を売り上げるという夢を持って頑張っている。それを達成 するには、また新たなサポートが必要だと思うので考慮いただきたい。 

 太字は私(武藤)が付けました.就農1年目で県内トップクラスの収量という成果には、読んだ私もとても驚かされました.

 前に紹介しました下記の記事によりますと、トレーニングファームでの研修生は、1期生から4期生までで16名とのことです.
マイナビ農業「【佐賀】 農業のイメージが変わる!? 肥沃な土壌&人の温かみが自慢。模擬経営や手厚い補助制度で就農を支援!」2021年1月14日号

 トレーニングファームの研修システムをかなり充実させた分だけ、少数精鋭型の育成にならざるを得なかったのかとも思います.それでも、トレーニングファームではe-learningの教材が多いので、教材を研修生に提供する際の限界費用は比較的低く抑えられそうです.追加の研修・育成費用をある程度少なく抑えながら研修生、新規就農者を増やしていくという道筋が十分考えられそうです.

 香川県では施設園芸の衰退傾向が顕著になっていますので、やはり自治体やJAがこうしたトレーニングファームの導入についても検討してみてはどうかと強く感じました.

 以上のような最先端の熟練技能者の技能継承サービスは、社会的な反響もあって、農業関係者からのニーズも生まれそうです.今後その社会実装も期待できると考えてよいのではないでしょうか.

学生調査実習③:キウイフルーツ生産・流通のDX(Orchard & Technology様による)

 1月14日の講演内容に関する説明の続きです.

 1月14日の調査実習の後半では、Orchard & Technologyの末澤克彦さんから、キウイフルーツ生産・流通で日本が置かれた現状、そこをDX(デジタルトランスフォーメーション)でどのように改善しうるかについて、講演をいただきました.Orchard & Technologyという会社の概要については、そのHPをご覧いただければと思います.
末澤さんが代表取締役を務めている、キウイフルーツ生産・流通のコンサルティング等に係る会社です.

 前に紹介した以下の記事で、末澤さんがキウイの現状を述べていましたが、それについて今回はさらに詳しいお話を聞くことができました.
ITメディア「(前編)キウイの収穫量・時期、AIがピタリと当てます──日本の農業をデータで改革、ある農家の野望」2019年10月16日号
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1910/23/news001.html

 末澤さんのお話によると、近年キウイの国内消費量が大きく伸びる一方で、国産キウイ産地はその波に乗れず、NZ産が市場を席捲しています(春から秋にかけてNZ産が日本のキウイ市場の96~98%のシェア、2018年のNZ産キウイ輸入量は約10万トン).
 また、労働時間当たりキウイ生産量で見てNZは日本の約5倍、栽培面積当たりキウイ生産量で見てNZは日本の約2.7倍という格差がみられます.

 末澤さんは、NZがこうした優位な状況を確立した理由として以下を挙げられました.

 ①NZではキウイ栽培技術の標準化、客観化が進んでいる.対照的に日本では果樹の栽培技術の模範としては、他人が真似しにくいような高い難易度の技術がイメージされやすい.

 ②NZのキウイ生産ではコントラクター企業が広く展開している.そこでは高品質キウイ生産に向けたモニタリング、栽培管理の改善指導を行う企業も存在して、その指導サービスが普及している.対照的に日本は家族経営の枠内(他人をできるだけ雇わない)でキウイ生産を行う. 

 ③NZではキウイ栽培が適地で行われる.対照的に日本ではミカン栽培の不適地で消極的にキウイを栽培する. 

 ④NZではキウイの一元的マーケティングが進み(Zespriへの統一)、キウイのコモディティ化を防ぐガバナンスが確立している.対照的に日本では県単位、産地ごとに小規模ブランドが乱立して、産地がお互いに疲弊しかねない市場構造になっている.

 こうした状況を踏まえ、日本のキウイ生産・流通がNZにもっと対抗できるためには、選果情報等の管理や連携が必要で、そこでキウイ生産でのDX化が求められてくると、末澤さんは考えているそうです.

 末澤さんとしては、Orchard & Technologyの事業として、オリジナルの優良キウイ品種の栽培権利を農家に貸与して、それを用いる農家に対してはオンラインで栽培指導をおこなうことを構想されています.この指導は、下記の記事にありますように、機械学習を用いた「開花日、肥大、収量、品質、収穫時期」等に関する予測サービスや、栽培環境データの閲覧・分析サービスを農家に提供するという形をとるものです.このサービスシステムの構築では、キーウェアソリューションズの久保さんが大きく貢献されたそうです.

ITメディア「(後編)キウイ農家の“収穫予測AI”、実は「1週間程度」で構築 スピード開発の秘訣は」2019年10月16日号

 Orchard & Technologyとしては、農家の販売収入からロイヤリティを払ってもらって、事業を成立させたいとのことでした.すでにこの事業が動き出しているそうです.

学生調査実習②:熟練農業者の技能継承サービス(キーウェアソリューションズ様による)

 1月14日の調査実習での講演内容について本記事②と次の記事③で説明します.

 まず調査実習の前半では、キーウェアソリューションズの久保さん、山根さんから、キーウェアソリューションズが取り組む農業分野のサービスについて説明をいただきました.その内容を要約して述べます.

 近年農業従事者の高齢化、農業後継者の不足から、熟練農業者の技能がどんどん失われそうな状況にあります.熟練農業者の技は言葉で言い表しにくく、どこが作業のポイントなのか農業の初心者からは見えにくくなっていることで、熟練農業者の技能が伝わりにくくなっていると考えられます.その改善に向けて、キーウェアソリューションズでは熟練農業者の技能継承を支援するサービスを展開しているそうです.キーウェアソリューションズのHPにそのサービスの概要が載っています.

 最近でのその具体的な取り組み事例としては以下があります.

 取り組み事例1:VRによるリンゴ剪定技術継承

 青森県弘前市のリンゴ栽培では、高品質のりんごの安定的生産のため、高精度の剪定技術の習得を重視してきました.しかし、剪定を圃場で実際におこなって学習する機会が限られ、また、ベテランの農業者が剪定作業をしている様子が新規就農者にはとらえにくくなるという問題がありました.そこで、キーウェアソリューションズは、リンゴ剪定技術を新規就農者がVR(ヴァーチャルリアリティ)で学習するシステムを構築したとのことです.

 具体的には、リンゴの樹・枝の3Dデータを作成して、そのデータをヘッドマウントディスプレイから視聴できるようにして剪定を学習するというシステムだそうです.これについて以下のような解説記事があります.

青森県「青森りんご剪定技術を「仮想現実の中に」 700万本記憶する手法の確立」https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/hukyu/h_event/attach/pdf/dream4-5.pdf

慶応義塾大学社会・地域連携室「VR技術によるりんご剪定学習支援システムによる地域産業の振興と人材育成」

 このVRの学習システムに入った人は、仮想のリンゴ畑を見て回り剪定のシミュレーションを体験できます.VRでリンゴの樹を上から見下ろせる点などが剪定の学習には有用と評価されているそうです.

 取り組み事例2:匠の技伝承システムによるキュウリ栽培技術継承

 佐賀県では最近、トレーニングファームが設置され、研修生が自分でキュウリなどを育てながら2年間で栽培、経営のノウハウを習得するというシステムが導入されています.この紹介記事として以下があります.

マイナビ農業「【佐賀】 農業のイメージが変わる!? 肥沃な土壌&人の温かみが自慢。模擬経営や手厚い補助制度で就農を支援!」2021年1月14日号
https://agri.mynavi.jp/2020_09_30_132699/

この記事の中に、佐賀県トレーニングファームの研修システムについて以下のような説明があります.
研修では、キュウリ栽培の基礎から段取り、栽培中の観察、天候に応じた複合環境制御装置の操作方法などを習得。これまで経験や勘に頼っていた栽培管理をデータ化して適性な対応を行なうことで、収量・売上金額ともに部会の平均値を上回るなど、研修生にとって大きな自信となる結果が得られています。
 こうした研修をおこなうには充実した学びの体制づくりが必要ですが、そこにキーウェアソリューションズが大きく関わっています.トレーニングファームに入った就農希望者は、栽培に関する基本的な考えと手法の理解(マニュアル)を学ぶだけでなく、熟練農業者と比べて自分が状況判断力でどこが劣っているかを厳しくチェックしてもらい、そこをどのように克服するかについても綿密な指導を受けることができます.キーウェアソリューションズでは、熟練農業者が重視する状況判断の対象を抽出する、学習コンテンツ用データを収集・整理する、基本知識テスト・問題解説の教材を作成するといった面で、このトレーニングファームの研修システムを支えているとのことです.

 上記のようにICTを駆使して熟練農業者の技能継承サービスを展開するという考えは、以下の記事や著書でも述べられています.その社会実装でキーウェアソリューションズが活躍されてきたということが今回の講演でよく伺えました.

島津秀雄氏「農業分野におけるICT活用の可能性」『学術の動向』2016年5月号

神成淳司氏「農業ICTの最新動向」『情報処理』58(9),pp. 818-822, 2017年.
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_uri&item_id=182917&file_id=1&file_no=1

神成淳司氏『ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業』日経BPP社,2017年.
https://shop.nikkeibp.co.jp/front/commodity/0000/258870/
(ただし、ここでのAIは、Artificial Inteligenceの意味でなく、Agri-Infoscienceの略)

学生調査実習①:概要

 香川大学農学部では、学生は2年次後期から3年次前期まで5つあるコースのどれかに分属する体制を取っています.5つあるコースのうち、生物生産科学コースには、作物、畜産、農業気象、農業経済、果樹、花卉、蔬菜などの研究室が集まっています.2020年度後期は生物生産科学コースに学生37名が分属中です.

 学生が生物生産科学コースに分属すると、平日の午後3限目、4限目の大半は、生物生産科学コース向けの実験(略称:生産コース実験)と農場実習に充てられることになります.

 今年度の後期では、この生産コース実験の枠のうち3回分が、私の担当(農業経済分野)の調査実習に振り当てられました.対象学生は2年次後半です.

 以前、私は香川大学全学共通科目で「スマート農業の可能性を考える」という講義を担当した際、授業の教材を調べているうちに以下の文献にあたりました.

ITメディア「(前編)キウイの収穫量・時期、AIがピタリと当てます──日本の農業をデータで改革、ある農家の野望」2019年10月16日号  https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1910/23/news001.html

ITメディア「(後編)キウイ農家の“収穫予測AI”、実は「1週間程度」で構築 スピード開発の秘訣は」2019年10月16日号

 今思い起こすとなんとも刺激的なタイトルが並んでいます.記事に登場する末澤克彦さんは香川県在住ですし、これはいったいどのような取り組みなのか?と私は興味を持ってきました.学生も関心を持ってくれるだろうと期待して、今回の調査実習では、末澤克彦さんに電話で調査実習へのご協力を依頼しました.するとご快諾をいただき、上の記事に登場しているキーウェアソリューションズ株式会社の久保康太郎さんと一緒に、生産コース実験の調査実習の枠内で、取り組み内容について講演して頂ける運びとなりました.この度はお二人のご厚意に心より感謝したいと思います.

 この講演が1月14日に行われましたが、その前(昨年12月16日)に準備として「事前演習」を行いました.また、講演の実施後の1月27日に「事後演習」として、講演内容の振り返りや教室での集団討論を行いました.「事前演習」と「事後演習」には末澤さん、久保さんは参加されず、私と学生とのやり取りで進められました.

 「事前演習」では、上記の記事のおおよその内容、そのほか、機械学習とはどのようなものか、MicrosoftのAzureでは機械学習についてどのように使いやすいサービスが提供されているか等を私から概略的に学生に解説しました.機械学習の概要については、総務省が作成した以下の教材を用いて説明しました.

総務省「ICTスキル総合習得教材、人工知能と機械学習」

 この事前演習で学生から質問や関心事項を出してもらい、それを取りまとめて末澤さん、久保さんにお伝えして、本番(1月14日)の講演内容について調整していただくという流れを取りました.

 1月14日の調査実習では、大学入学共通テストの実施準備のため香川大学で対面授業に制限がかかったので、学生は調査実習にオンラインで参加することを余儀なくされました.この日、末澤さんは香川大学農学部に来訪されて私の研究室から学生向けのオンライン講演を行いました.キーウェアソリューションズの久保さんは東京よりオンラインで学生向けにお話していただきました.

 コロナ禍以前、調査実習というと、私は農業の現場に携わる方から対面で聞き取りを行うことを当然視していました.コロナ禍がなかったら、今回のように、東京在住のIT専門家にオンラインで学生向けに講演していただくことなど、まったく思いもよりませんでした.

卒業生の課題研究「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」 

 当研究室における 本年3月の 卒業生、中村将之さんは、「 大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」をテーマに卒論研究(課題研究)を進めました。   その卒論研究の要旨 について以下に抜粋して紹介します。    要旨: 近年の日本では農業における若い世代の流入不足と定着率の...