2020年10月29日木曜日

新規就農者によるスマート農業技術の導入、技能継承の取り組み事例

 香川県内のある農事組合法人では、新規就農者が主体となってスマート農業技術を導入し、技能継承や販路拡大に取り組む事例が見られます。2019年に私は、当時研究室所属の4年生、田中瑠星さんと共にその聞き取り調査を行いました。本記事では、その調査結果の概要を説明させていただきます。

 香川県東讃地区内のある農事組合法人(以下、E法人と呼びます)では、米麦のほか、香川県オリジナルのアスパラガス品種、「さぬきのめざめ」を以前から栽培してきました。県外から移住してきたF氏が、2018年にE法人に参加したのをきっかけに、F氏を中心に「さぬきのめざめ」の生産・販売でのICT活用、具体的には、環境モニタリングシステムとネット販売の利活用が始まりました。
 
 E法人ではそれまで、「さぬきのめざめ」の栽培方法を知る組合員がただ一人で高齢であるにも関わらず、他の組合員にその栽培方法について知識共有がなされていませんでした。その唯一の組合員が行う栽培管理方法が妥当なのかを、他の組合員が推し量ることも知識不足で難しくなっていました。こうした状況に対応して、環境モニタリングシステムから得られる栽培環境データを基に、栽培方法の知識共有化や、栽培管理を精密化させたいため、F氏のイニシアチブにより、2019年にE法人はG社製の環境モニタリングシステムを導入しました。

 E法人の場合、「さぬきのめざめ」栽培での灌水管理の基本方針は、1)春どり期間は畝表面の乾き具合を確かめ、乾いていたら灌水する、2)収穫打ち切り後は乾燥させない程度に定期的に灌水をする、などから成ります。環境モニタリングシステムの導入以降、E法人は、同システムのデジタル Pf 計を通じて土壌水分を監視し、こうした水管理の精度を高めることが可能になりました。同システムの通知機能により、地表面を定期的に確認する手間も減り、作業時間も抑えられました。F氏は、アスパラガス栽培の専門書を精読して理想的な土壌水分・灌水管理を学び、それをデジタル機器活用を通じて実現しようとしています。

E法人のハウス内で設置されるデジタル Pf 計の様子

 E法人では、日中常時ハウス内の温度が30℃を超えるとハウス側面の外張りビニールを開放し、35℃を超えると内張りのビニ―ルを撤去する方針を採ります。また、地温管理に関しては、萌芽開始時点の地温は最低12℃以上、萌芽継続地温は15℃以上、休眠開始時の地温は15度と設定しています。E法人では、環境モニタリングシステムで得た気温データにより、こうした気温に応じたハウス開放が行いやすくなりました。また、同システムで得た地温データとLANカメラからのアスパラガス撮影画像を合わせて用いることにより、萌芽状況と地温の対応をよく確認しつつハウス管理が進められるようになりました。これらによってハウスの開閉回数を抑制でき、ハウス内の保温を進めやすくなるという効果が得られています。

 環境モニタリングシステムを導入したことによるアスパラガスの収量や品質の変化に関して、F氏は、「収量に変化がないが、土壌水分量の管理ができたおかげでアスパラガスの規格品外が減っている」と述べています。

 E法人では、環境モニタリングシステムの導入によって見回りの労働負担が抑制されるようになったことを好機としてとらえ、ハウスを増設して「さぬきのめざめ」の栽培面積を拡大しています。F氏は、他の非農業の仕事にも就き兼業でありながらも、アスパラガス生産の規模拡大を先頭に立って進めています。F氏にとっては、作業時間が抑制されて経営計画についても考える時間的余裕ができたこと、規模拡大をしても栽培管理の精度を維持できて収量、品質を落とさない自信があることが、こうした規模拡大への意欲につながっています。

 F氏は、自身の経験を振り返って、「アスパラ初心者として、栽培マニュアルおよび参考書、栽培環境モニタリング・システムを使うことにより、栽培ノウハウが「見える化」して、技術習得にかかる時間が削減できそうだ」と述べています。E法人では、F氏が加入する以前にアスパラ栽培を担当してきた高齢の農業者からF氏への世代交代が順調に進むという効果が得られました。以上のようなF氏の経験は、他の新規就農者にとっても技能習得のモデルになり得ると考えられます。

 E法人では、F氏が加入する以前までは生産した「さぬきのめざめ」を農協に全量出荷していました。しかし、農協出荷の場合の手数料率が割高に思われ、農協の出荷規格が厳しく思われたことから、F氏は販路開拓に踏み出しました。
 
 そこでF氏が着目したのがネット販売でした。ただし、ネット販売を生産者自らが行うと、ホームページ作成、システム決済等で負担が大きくなります。そこでF氏は、ネット販売の委託先を探すことにして、農産物ネット販売の専門業者と出会います。この専門業者は、香川県内で法人設立され、香川県内外の農業者から農産物販売を受託し、その商品を専門サイト上で詳しく紹介しながら注文を取り付け販売しています。F氏は、その専門業者との交渉・契約を経て、「さぬきのめざめ」を専門サイト上で詳しく紹介してもらい、直売を可能にしました。ここでの商品紹介がすぐに県外の外食業者の目にも触れ、その結果、F氏は「さぬきのめざめ」の契約出荷に成功しています。

 このほか、F氏は、JAでは出荷規格外扱いだった「さぬきのめざめ」を地元の産直市で販売することにも取り組んでいます。産直市へ出荷するとき、販売価格は農協に比べて安くなるものの、農協出荷時よりも販売手数料は低く抑えられるため、F氏にとって、手取り収入の確保という観点では農協出荷に匹敵するメリットが感じられるそうです。 

 一方、ネット販売では梱包費や運送費等の出荷経費を手数料や商品価格にどのように反映させるか(生産者側と消費者側がどう分担するか)も契約の際に当事者間では関心事となり、交渉や合意が求められてきます。F氏としてはそれに伴う負担(経済学で言われる「取引費用」)が増えてくることも感じているそうです。

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