2021年5月21日金曜日

卒業生の課題研究「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」 

 当研究室における本年3月の卒業生、中村将之さんは、「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」をテーマに卒論研究(課題研究)を進めました。

 その卒論研究の要旨について以下に抜粋して紹介します。 

 要旨:近年の日本では農業における若い世代の流入不足と定着率の低さが課題になっています。2019年に働き方改革法案が施行されましたが、農業においては生物を相手にするという性質上、全ての農業経営者がこれに取り組めているわけではありません。この現状は、これからの担い手となりえる新規就農者を受け入れ育てていく上で懸念すべき事態だと思われます。

 本研究では、四国地方にある大規模酪農経営体(仮称:A酪農)において、経営者の立場から働き方改革を進める際にどのような問題に直面しやすいか、また、従業員から見て就業環境がどのように捉えられ、その評価が彼らの就業意欲にどのように影響を与えているかについて分析を行います。そして、これらの分析を通して、A酪農での働き方改革の進め方について考察します。

 第1章では、A酪農の経営概況について説明します。A酪農では経営規模拡大を積極的に進め、昨年調査時点で従業員や実習生の採用が大規模に上っていることなどを説明します

 第2章では、A酪農の現場責任者から見た、従業員管理の状況に関する聞き取り結果について述べます。A酪農では、規模拡大を積極的に進めるに際して、後継者となりうる若い人たちが入社できる環境づくりを重視してきました。具体的には休日を徐々に増やすなどです。一方、A酪農では、下の世代の教育の不十分さと職場内のコミュニケーションの不足になお悩まされています。経営に関する情報や指示が上から下に人を介すごとに、伝言ゲームのように肝心な部分が抜け落ちることが散見されているそうです。

 第3章では、A酪農の従業員に対して様々な就業条件・環境についてアンケート調査を行った結果から、統計解析を通じて導かれる結果について述べます。A酪農の従業員に対して就業満足度や就業環境について6段階で評価してもらい、その回答結果を得ました(有効回答22件)。その結果を用いて、A酪農の従業員の就業満足度や長期就業意欲に対して影響する要因について線形回帰分析と、順序ロジット分析を行いました。この分析結果より、A酪農では、従業員どうしで意思疎通がよくなされていると考える従業員ほど、また、休日が適度に確保されている従業員ほど、さらに、経営方針が従業員の間に理解され徹底されていると考える従業員ほど、A酪農での就業に対する満足度を高めて、A酪農に長く勤めたいとより強く考える傾向があることが確かめられました。言い換えると、A酪農の従業員の間には
 従業員間の意思疎通、休日確保、経営方針の確認・徹底に対する高い評価→就業満足度、長期就業意欲の改善
という因果関係があることが示唆されています。有効回答が22件でしたので、この結果が頑健かは議論の余地がありますが、決定係数で見た説明力は高くなっていました。
 
 第4章では、A酪農で働き方改革をどのように進めるべきかについて考察します。上記統計解析の結果より、A酪農で従業員の満足度や就業意欲を高められるように働き方改革を進めていく上で、(1)従業員間の連絡・情報共有、(2)休日確保の体制、(3)経営方針の徹底と確認、が特に重視されるべきだと考えられます。
 (1)従業員間の連絡・情報共有に関する具体策としては、若い世代が上の世代に相談・質問しやすい環境を作り、これまでに上がった質問事項はSNSなどでリスト化することが挙げられます。
 (2)休日確保の体制に関する具体策としては、外国人実習生をより多く導入し仕事の分担を進めることで休日を確保しやすくすることが挙げられます。
 最後に、(3)経営方針の徹底と確認に関する具体策としては、始業時に全員で業務計画を確認したり、経営方針を全社員が共有する会合(社長との座談会を含む)を定期的に開いたりすることが挙げられます。
 以上のように、大規模酪農経営における従業員の就業意識の調査結果から、働き方改革の進め方について検討を行った点が、本研究の成果と貢献に挙げられます。

2021年5月16日日曜日

卒業生の課題研究「スマート農業の技術実証の成果に関する考察」

 当研究室における本年3月の卒業生、倉本大樹さんは、香川県外のある地域を対象にしてスマート農業の技術実証の成果に関する卒論研究(課題研究)をおこないました。

 以下では、この卒論研究の要旨を抜粋して紹介します。 

 要旨:近年、我が国では「スマート農業」が農業の課題を解決するものとして注目されています。しかし、現状ではその採用の実態が見えにくく、実際にスマート農業が生産者に有益で農業生産の課題解決につながるものかどうかは検証が待たれています。本研究では、全国に先駆けてスマート農業を用いた特産品の栽培を実証プロジェクトを進めているA県B市において、スマート農業技術の導入状況、導入の成果に関して、地元の農業改良普及センターから聞き取り調査を行いました。そして、この聞き取り調査の結果と収集資料に依拠しながら、スマート農業技術の有用性や限界、その普及上の課題について考察します。

 第1章では、A県B市の農業生産の概況、スマート農業技術の導入経緯について説明します。B市は全国的に有名なブランド農産物の産地ですが、農業の担い手不足が深刻になってきたため、平成30年度から特産物を対象に4種類のスマート農業技術の実証が行われるようになったことなどを説明します。この4種類とは、1)人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布をおこなう技術、2)山の芋栽培への土壌水分センシングの活用、3)EXCELに基づいた簡易な営農管理システム、4)水田の水管理センサー、です。

 第2章では、B市において、人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布を行う、という実証プロジェクトがいかに進められ、どのような成果が得られたかを説明します。B市の一部の水田作において上記のような人工知能を利用した農薬散布の実証プロジェクトが導入されましたが、聞き取りより、ピンポイント農薬散布を実現するという当初期待した効果は得られていないことが判明しました。
 B市で採用された人工知能による害虫発生検知では、検知対象の害虫がほぼ一種類に限られるという非常に厳しい制約がありました。B市の実証圃場の耕作者は、実証プロジェクトが開始されてからようやくその制約に気づきます。このほか、実証プロジェクトを行ってみると、日照条件によっては害虫発生を誤検知する場合も多くあることにも気づいたそうです。B市ではこれらの問題が無視できないと考えてこの技術を継続採用することを断念し、代わって、ドローンによって水田を全面農薬散布することを選ぶに至ったそうです。

 第3章では、B市において山の芋栽培に土壌水分センシング技術がいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。今回の実証プロジェクトでB市では山の芋栽培に土壌水分センシングが行われ、重要な夏場の水管理を効率化できるという手応えが耕作者に得られるようになりました。しかし、現在の土壌水分センシング機器は自分たちにとって不必要な機能も備え、機器が高価に感じられているそうです。土壌水分センシング機器の低コスト化が進めば、その利用者が増えることで山の芋生育と土壌水分の関係に関するデータが多く得られるようになります。このとき、そのデータ解析によって山の芋栽培での水管理の効率化が一層進められることも考えられます。今後このようにセンシングの普及とデータ活用が進むことがB市では期待されているそうです。

 第4章では、B市において、EXCELに基づいた簡易な営農管理システムがいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。B市では、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムが多数の生産者の水田作ですでに利用されています。この営農管理システムを通じて生産状況を「見える化」できること、従業員どうしで栽培管理状況の情報共有がしやすくなることがなどが、利用者にその導入メリットとして感じられています。他方で、この営農管理システムにバグが多く、端末上でデータが閲覧しにくい場合があることなどが、その問題点として意識されているそうです。ただし、システムの利用料金が低廉で農業者には導入しやすいため、今後その利用者が増えながらシステムが改善されていくことも期待されています。

 第5章では、B市における水田センサーの実証に関する聞き取り結果について述べます。同市では今回の実証プロジェクトの一つとして水田センサーが一部圃場で導入されました。しかし、水田センサーを導入しても、耕作者が稲の生育状況を確認するためには水田の見回りが欠かせません。水田の見回りをおこなうとなると、その際に生育状況の確認だけでなくついでに水田の用水管理(取水口の昇降)をおこなったとしても耕作者にとっては大きな負担増にはなりません。これより、B市では、水田センサーに頼って水管理を進めるよりも、水田の見回りの際に生育状況の確認と用水管理をまとめて行う方が費用対効果の面で優れる、という判断に至ったそうです。こうして、B市では今回の実証プロジェクトでいったん水田センサーを導入しましたが、すぐにその利用中止が決定されたそうです。

 第6章では、以上の結果をふまえて、スマート農業技術を今後活用する上で関係者が特に意識すべき点を考察します。
 今回の実証成果を振り返って見ますと、土壌水分センシングと、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムについては、生産現場に比較的によく適合していることが耕作者にも認識され、今後その普及により地元の農業生産を改善することが期待されていることが伺えました。これらでは低コスト化や性能改善を追求しながら現場で普及を促すことが今後求められるでしょう。
 他方で、今回の実証において、人工知能を使って害虫被害を検知してドローン農薬散布するという技術や、水田センサーを導入した農業者からは、それらの導入について良い評価が得られませんでした。これらの性能や導入効果の限界は、事前に普及機関がよく見定めておくべきだったと考えられます。
 今後は、スマート農業技術の種類ごとに技術の効果を関係者が事前にできるだけよく見極め、費用対効果をより高める形で技術を取捨選択しつつ採用していくことが求められると考えられます。

卒業生の課題研究「五名地区の活性化におけるジビエ活用に関する考察」

 当研究室における本年3月の卒業生、田中彪士さんは、「五名地区の活性化におけるジビエ活用に関する考察」というテーマで卒論研究(課題研究)をおこないました。五名地区は、香川県東かがわ市の南部に位置し、過疎地域活性化に向けた取り組みで全国表彰を何度か受けたことがある地域です。一昨年には「ポツンと一軒家」というTV番組にも取り上げられました。

 以下では、この卒論研究の要旨を抜粋して紹介します。 

 要旨:現代日本の農山村では少子高齢化・人口減少などへの対処が大きな課題になっています。香川県東かがわ市五名地区は、全国過疎地域自立促進連盟会長賞を受賞するなど、農山村活性化への取り組みでは全国的な優良事例として評されています。五名地区での活性化の動きは2018年に「(新)五名ふるさとの家」が設立される前後からジビエへの取り組みを中心に変化を遂げてきています。本研究では、近年、五名地区でどのように地域活性化が進んでいるかを、ジビエを中心に考察します。地域活性化に向けた取り組みのうち特に、五名地区のジビエの経済的利用がいかに発展を遂げているかについて、「(新)五名ふるさとの家」の運営者を対象にした聞き取りから検討を進めます。
 
 本研究の第2章では、まず、五名地区の様々な取り組み内容を整理して、小田切徳美氏『農山村は消滅しない』第Ⅱ章(岩波書店、2014年)で提唱されている地域づくりのフレームワークにそれらがいかに当てはまるかを説明します。
 五名地区では1985年より白鳥林友会による森林管理活動が始まり、2000年代半ばからは(旧)五名ふるさとの家、五色の里が設立されて消費者へのジビエの提供が始まりました。 ジビエの核にした地域活性化の動きが進み出し、2010年代半ばに五名活性化協議会が設立され、そこでの住民間の議論にもとづき、2018年には(新)五名ふるさとの家が開設されました。(新)五名ふるさとの家は、安価で高品質なジビエ料理の提供と産直により高い集客力を持つに至っています。
 本研究では、2000年代から上記活動を通じて五名地区の住民が地元に誇りを持つようになり、小田切(2014)が言う「暮らしのものさしづくり」「主体づくり」の形成がそこで進んでいたことを指摘します。また、五名地区活性化協議会の活動を通じて住民間の議論、コミュニティ活動が進んだり、空き家提供などで生活条件の整備が進んだことから、小田切(2014)が言う「暮らしの仕組みづくり」「場づくり」が五名地区で形成されたことを指摘します。最後に、五名地区では森林資源、ジビエの経済的価値が追求されることで、小田切(2014)が言う「カネとその循環づくり」「持続条件づくり」が形成されたことを指摘します。こうして近年における五名地区の活性化の動きが、全体として、小田切(2014)の提唱する地域づくりのフレームワークに適合していたことを説明します。この最後の「カネとその循環づくり」については特に重要と思われますので、第3章以降で調査結果にもとづき詳しく説明します。

 本研究の第3章では、五名地区の近年のジビエ取り組みに関する調査結果について述べます。(新)五名ふるさとの家の店主のA氏は、香川県外出身で東日本大震災のボランティア経験を経た後に、2016年に知人の紹介で五名地区に移住しました。その後2年間、五名地区で林業研修生に就き、そこでの取り組みなどが評価され、五名活性化協議会によって(新)五名ふるさとの家の店主を任され、ジビエ料理提供にあたるようになりました。
 「五名里山を守る会」によって間伐など森林保全が取り組まれている五名地区の一部地域では、イノシシ、シカの餌となる木の実が豊富に備わり、それを食べたイノシシ、シカの肉質が周辺地域で捕獲されるものに比べて良くなっています。A氏ほか五名地区の狩猟グループは、こうした好条件の地域でイノシシ、シカを(銃ではなく)箱ワナで捕獲し、捕獲後には素早く血抜き、解体処理を済ませます。A氏らは、これらの解体処理を一貫して効率よく行うことで、五名地区で提供されるジビエの味を大きく高めることができていると評価しています。
 A氏は(新)五名ふるさとの家でのジビエ調理に携わっていますが、五名地区に移住する前には沖縄で野生豚の料理提供を行った経験がありました。A氏は、そうした経験から、優れたジビエ調理技術を蓄え、肉の部位ごとに付加価値の違いに留意して、各種食材や販売商品向けに肉を巧みに使い分けることができています。
 このほか、五名地区に住む何人かの女性は、(新)五名ふるさとの家に自家製野菜を提供したり、そこでの皿洗い、A氏の育児を自発的に手伝ってくれたりしています。こうしてA氏がジビエ提供に打ち込めるためのバックアップ体制が確保されています。
 こうした取り組み、体制のおかげで、(新)五名ふるさとの家では絶品に感じられるようなジビエ料理を安価に提供することが可能になっています。そして、その集客力が高位安定し、上で述べた五名地区の「カネとその循環づくり」「持続条件づくり」の形成に大きく寄与していることが伺えました。

 本研究の第4章では、今後の五名地区の活性化に関する展望について述べます。五名地区への来訪者、ファンを今後広げようとした時、SNSの活用を今よりも進めることが課題に挙げられます。また、五名地区への移住希望者に提供できる空き家を確保して五名地区への移住促進につなげていくことも重要な課題に挙げられます(現在は五名地区への移住希望者が多くて、提供できる空き家が不足しています。移住希望者は空き家の順番待ちの状態)。
 他の過疎地域でも、五名地区のように、森林資源の保全管理とイノシシ・シカの捕獲解体処理を効果的に進めることで、森林資源とジビエの経済的利用を補完的に発展させられる可能性が考えられます。ただし、こうした取り組みを進める際には地域住民間の協力も欠かせなくなり、その協力形成のフレームワークを考える際には、小田切(2014)の提唱する地域づくりのフレームワークが参考になると考えられます。五名地区のように丁寧な仕事と少ない人手の中での工夫や協力を編み出す体制を設けることが、その活性化取り組みの大きなヒントになると考えられます。

卒業生の課題研究「大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」 

 当研究室における 本年3月の 卒業生、中村将之さんは、「 大規模酪農経営における働き方改革に関する考察」をテーマに卒論研究(課題研究)を進めました。   その卒論研究の要旨 について以下に抜粋して紹介します。    要旨: 近年の日本では農業における若い世代の流入不足と定着率の...