「Farmers Business Network②」からの続きです.
資料[5]に依拠して、FBNのデータアナリティクス事業のうちデータの統合・蓄積にかかわる部分について説明します.
[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)
記事②で述べたように、FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、米国農民が直面する重要な問題には、資材市場の寡占化、農業データアナリティクスの未整備、それに伴う農業者の資材の選択機会の制限などが挙げられる、と考えます.
そこで、二人がFBNの事業を構想しますが、その理念として、「Farmers First(農民第一主義)」を掲げます.後で詳しく述べますが、FBNは、農民から農業データを収集した上でそれを使ってアナリティクス事業を行おうとします.従来から、農業データを求める資材企業が多くありましたが、資材を後で農民に売りつけたり、農産物を農民から買い付けたりするときの判断材料に使うために農民から農業データを収集している、ととらえられるケースが多々見られました.企業が農民をお金儲けの対象としてみなしてデータを収集しようとしていると農民が予想しているとしたら、農民は企業にデータを喜んで提供してくれるはずがありません.このため、FBNは「農民第一主義」をモットーにして、農民の立場に十分に寄り添うことを名実ともに示しながら農民からデータ提供してもらうことを目指しました.
データアナリティクスに関するFBNの戦略の概要は、以下のようにまとめられます.
1) 農業データを農民から多種大量に収集してクリーニングする.
2) 異なる精度のシステムからのデータを使いやすいインターフェースに統合する.
3) そうして統合・集計したデータ全体で洞察を得られるようにする.例えば、種子や土壌の種類ごとの栽培データを見て、農民が自分の土壌に合わせて収量が良い種子を選択しやすくする.また、農民が資材を選ぶ能力、資材メーカーとの価格交渉力を強められるようにする.
記事②でも触れましたが、従来から農民の農業データの活用機会は限られてきました.そうした状況を、上述の事業戦略で打開しようとしています.二人は、テストケースとして、種子と収量の関係に関するデータ分析をおこない、その結果をレポートにまとめて、農民に対してこのレポートを購入するためにどれくらいの料金を支払う意思があるかを尋ねていました.そこで農民が平均千ドル程度の支払い意思があるという好結果が得られていました.
FBNの事業を実際に行うには、スタッフ雇用、機器設備投資で相当な事業資金が必要になります.FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、上記のように「農民第一主義」を掲げるFBNの事業にもとづいてネットワークと情報サービスが整備されれば、農民がエンパワーされ、農業が変わるという点を、投資家にアピールします.さらに、上記のテストケースの結果として農民からのそれなりのサービス料金回収が見込まれることを示せたので、投資家から事業への支持が得られて、二人は資金獲得に成功します.2014年に二人は、Kleiner Perkins Caufield & Byers (KPCB、Deshpandeが以前勤務)から450万ドル資金を受けてFBNの事業をスタートさせます.
FBNにおけるデータ利用の実際について見ていきます.FBNの設立当初、農場の経営規模によらず加入する農民には一律500ドルの年間加入契約料を課すことにしました(ただし、後に値上げされます).農民はFBNに加入すると、オンラインプラットフォームからデータをアップロードできます.FBNは、栽培データ、機械データに限らず、どのようなソースからのデータであっても受け付けるという方針を取ります.FBNは、農業機械のデータ利用を進めるJohn Deere社との間でAPIの使用許可を得ます.John Deere社のトラクターを持つ農民は、その機械のICTデータベースをFBNのプラットフォームにつなげれば、機械使用のデータも一緒に利用できるようになります.
FBNに所属するデータアナリストはこうして得られる様々な種類のデータをシステムに統合して価値を付与しつつ農民に提供していきます.この一環として、圃場ごとの栽培特性のマッピングがあります.
以下はFBNのホームページでのデータの蓄積、統合、マッピングの概説です.
[9] Farmers Business Network「Data Storage, Integration & Security」
FBNは、農民のデータの保護にコミットメントしています.特に、モンサントなどの大手資材メーカーにデータを売却しないことにコミットメントし、農民には自分がFBNに預けたデータの利用を中止させる権限が保証されています.また、会社(FBN)の所有者が変化しても、データ利用方法を変化させるに際しては、FBNに加入している農民の許可が要るとされています.
FBNの中心的信条(central tenets)は、以下の四点です.
1) 透明性(transparency)、
2) 共有(sharing)、
3) 協働(collaboration)、
4) 知識の民主化(democratization of knowledge)
データを多くの農民から集めてまとめた上でその解析結果を農民が共同で使えるようにするという点では、「共有」「協働」が意識されていると言えるでしょう.また、マッピングのほか、FBNによるデータ提供の仕方は簡易、平明で農民にも扱いやすいため(この点については次の記事でもさらに詳しく説明)、その点では「知識の民主化」がよく意識されていると言えます.「透明性」については、それまで農民が農業資材企業の半ば言いなりになって、なぜその資材価格を受け入れなければならないのかが農民にとってわかりにくかったのですが、FBNが資材価格のデータを「見える化」してそれを解消しようとしている点に表れます(これも次の記事で説明します).こうした農業データアナリティクス事業の考え方は、日本のスマート農業の限界打破を考える上で非常に参考になります.
次の記事「Farmers Business Network④」では、FBNのデータアナリティクス事業の内容についてさらに紹介します.
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