2020年12月31日木曜日

Farmers Business Network②:米国農民が直面する課題

「Farmers Business Network①」からの続きです.
資料[5]に依拠して、米国農民が直面する課題を、FBNの創設者がどのようにとらえたかを説明します.

[5] Cole, Shawn, and Tony L. He. "Farmers Business Network: Putting Farmers First." Harvard Business School Case 217-025, September 2016. (Revised August 2018.)

資料[5]によると、米国では農業協同組合が3千程度あり、大半が共同販売をおこない、一部は農業コンサルタントをおこなっています.米国では農業協同組合が広まっているにも関わらず農業資材市場、農産物市場で寡占化が進んでいます.

資料[5]が執筆された2016年当時、モンサントとデュポンでトウモロコシ種子市場の7割を支配していました他のブランドの多くがモンサントからライセンスを得て開発・供給されているため、同市場における二社の実質的なシェアはもっと高くなっていました.
※注:モンサントは、2018年にドイツのバイエル社に買収され、デュポンは、2019年にダウ、パイオニアと統合してコルテバ・アグリサイエンス社になっています
[7] 農業協同組合新聞(2018年6月18日)「バイエルによるモンサントの買収が完了」
[8] 農業協同組合新聞(2019年7月19日)「新生コルテバ・アグリサイエンスが今後の展開と事業を紹介」

資料[5]は、米国の種子市場で寡占化が進んだ要因として、1985年に米国連邦最高裁で遺伝子組み換え(GM)種子の開発特許を認める判決が出されたこと、バイオテクノロジーの研究開発費が高いことを挙げています.これにより種子市場で参入障壁ができて寡占化へ進んだという説明です.

前者の判決の効果は大きく、米国では「種子警察(seed police)」と揶揄されるほど大手種子メーカーがGM種子の使用違反をチェックする体制を強化しています.種子の保存、再販売、交配を禁止し、農村部で監視カメラを設置し、聞き込み調査をするなどして使用違反がないかを取り締まろうとしています.2013年にモンサントは種子の使用違反を訴える訴訟を142件も起こし、ほぼ半分で勝訴していました.

農業資材市場で寡占化が進むのに並行して、大手種子・農薬メーカーが、資材の販売店、農業協同組合に対して、農業資材に関する農民の選択肢を制限するように誘導してきました.こうして農民にとっては、農業資材の取引に関する選択機会が制限される傾向も強まりました.

モンサントはラウンドアップ耐性のGM種子を開発販売を近年強化してきました.この効果としては、それまでは雑草管理のために農民にとって耕起栽培が必要でしたが、ラウンドアップで雑草管理を済ませられるので不耕起栽培に置き換わり、農民が農作業負担を大きく減らせるようになったことが挙げられます.しかし、ラウンドアップ耐性のGM種子を買うと一緒にラウンドアップも買う必要が生じます.米国の農民は大手種子・農薬メーカーに囲い込まれてそこに依存する傾向を強めて資材費の負担を増やすようになってきました

の取引では種子+ラウンドアップといった形で抱き合わせ販売が行われるので、農民にとっては資材費の内訳(資材の種類ごとの本当の価格)がわかりにくくなるという問題も生じました.

大手種子メーカーの提供する種子の種類は非常に多く、それぞれの特徴の違いが細かくなります.また、農業の生産環境、土壌、栽培管理方法は農場ごとに様々です.米国農民は地理的に分散して居住しているため、お互いに意見交換したり協調したりする機会が非常に限られてきました.農業資材に関しては消費者レポートに相当するものは米国でもありませんでした.各地で新しい農業資材がどのような効果を発揮しているか、それがどのような価格で取引されているかについて個々の農民が把握しにくくなり、農業資材市場が地域的に分断化される傾向がみられました.種子を選ぶ際に農民にはさまざまな種類の種子を比較する手段がないので、農民にとってはメーカーから提供される新しい種子が自分に合っているかどうかを見通せなくなりました.

1990~2006年において農業資材の価格上昇率は、化学肥料で2.6%化学農薬で3.5%種子で4.0%でした.それが2006~2015年になると、価格上昇率は、化学肥料で8.1%化学農薬で5.7%種子で11.3%とかなり高まりました.上述のように取引の選択機会が制限され、資材の効果がよく見通せない状況で、こうした資材価格の高騰を受け入れてそれを買い続けなければならないという状況に米国農民は置かれます.

FBNの創設者二人(DeshpandeとBaron)は、こうした状況の打開のため、まず、農業データを活用して、上述のように農民が資材の効果や価格をよく把握できない状況を解消しなければと考えます

ところが、彼らは、農場でのデータ分析を手伝っているうちに、従来の米国農業界の農業データ利用では以下のような問題が備わっていたことに気づきます.

1) 農場の収量土壌水分窒素などのデータが政府から公開されるが、それがバラバラに利用されている.また、色別にマップ化されたデータだけしか利用できないことも多い.

2) 農業データの統合、相互利用ができない

3) 農民がほとんど自分の農場の過去のデータしか利用できていない.他の農場との比較検討ができないので、資材の種類ごとの使用効果を把握しにくい.(このほかに、大学の圃場実験の結果や種子企業の実験結果も農民に利用されることはあるが、こうした実験の結果は企業に都合がいいように操作されている可能性が完全には否定できない).

4) 農業データの分析に要するソフトウェア計算処理能力が個々の農民の能力を超えている.

このように問題だらけと思える状況ですが、彼らはそこから、農業データアナリティクス事業に対して農民からの潜在的なニーズが大きい、そのため新事業を起こす好機だと捉えます.そして、FBNの事業を着想するようになります.

二人の青年が農業界のデータ利用の根本的問題に一気にメスを当てようと取り組み奮闘する経緯は、非常に興味深いものがありますね.

次の記事「Farmers Business Network③」では、二人がFBNの構想をどのように現実化していったかを見ていきます.

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