2021年5月16日日曜日

卒業生の課題研究「スマート農業の技術実証の成果に関する考察」

 当研究室における本年3月の卒業生、倉本大樹さんは、香川県外のある地域を対象にしてスマート農業の技術実証の成果に関する卒論研究(課題研究)をおこないました。

 以下では、この卒論研究の要旨を抜粋して紹介します。 

 要旨:近年、我が国では「スマート農業」が農業の課題を解決するものとして注目されています。しかし、現状ではその採用の実態が見えにくく、実際にスマート農業が生産者に有益で農業生産の課題解決につながるものかどうかは検証が待たれています。本研究では、全国に先駆けてスマート農業を用いた特産品の栽培を実証プロジェクトを進めているA県B市において、スマート農業技術の導入状況、導入の成果に関して、地元の農業改良普及センターから聞き取り調査を行いました。そして、この聞き取り調査の結果と収集資料に依拠しながら、スマート農業技術の有用性や限界、その普及上の課題について考察します。

 第1章では、A県B市の農業生産の概況、スマート農業技術の導入経緯について説明します。B市は全国的に有名なブランド農産物の産地ですが、農業の担い手不足が深刻になってきたため、平成30年度から特産物を対象に4種類のスマート農業技術の実証が行われるようになったことなどを説明します。この4種類とは、1)人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布をおこなう技術、2)山の芋栽培への土壌水分センシングの活用、3)EXCELに基づいた簡易な営農管理システム、4)水田の水管理センサー、です。

 第2章では、B市において、人工知能を使って圃場の害虫被害の兆候を検知し、その兆候が現れた地点に限定してピンポイント的にドローン農薬散布を行う、という実証プロジェクトがいかに進められ、どのような成果が得られたかを説明します。B市の一部の水田作において上記のような人工知能を利用した農薬散布の実証プロジェクトが導入されましたが、聞き取りより、ピンポイント農薬散布を実現するという当初期待した効果は得られていないことが判明しました。
 B市で採用された人工知能による害虫発生検知では、検知対象の害虫がほぼ一種類に限られるという非常に厳しい制約がありました。B市の実証圃場の耕作者は、実証プロジェクトが開始されてからようやくその制約に気づきます。このほか、実証プロジェクトを行ってみると、日照条件によっては害虫発生を誤検知する場合も多くあることにも気づいたそうです。B市ではこれらの問題が無視できないと考えてこの技術を継続採用することを断念し、代わって、ドローンによって水田を全面農薬散布することを選ぶに至ったそうです。

 第3章では、B市において山の芋栽培に土壌水分センシング技術がいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。今回の実証プロジェクトでB市では山の芋栽培に土壌水分センシングが行われ、重要な夏場の水管理を効率化できるという手応えが耕作者に得られるようになりました。しかし、現在の土壌水分センシング機器は自分たちにとって不必要な機能も備え、機器が高価に感じられているそうです。土壌水分センシング機器の低コスト化が進めば、その利用者が増えることで山の芋生育と土壌水分の関係に関するデータが多く得られるようになります。このとき、そのデータ解析によって山の芋栽培での水管理の効率化が一層進められることも考えられます。今後このようにセンシングの普及とデータ活用が進むことがB市では期待されているそうです。

 第4章では、B市において、EXCELに基づいた簡易な営農管理システムがいかに導入され、どのような成果が得られたかを説明します。B市では、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムが多数の生産者の水田作ですでに利用されています。この営農管理システムを通じて生産状況を「見える化」できること、従業員どうしで栽培管理状況の情報共有がしやすくなることがなどが、利用者にその導入メリットとして感じられています。他方で、この営農管理システムにバグが多く、端末上でデータが閲覧しにくい場合があることなどが、その問題点として意識されているそうです。ただし、システムの利用料金が低廉で農業者には導入しやすいため、今後その利用者が増えながらシステムが改善されていくことも期待されています。

 第5章では、B市における水田センサーの実証に関する聞き取り結果について述べます。同市では今回の実証プロジェクトの一つとして水田センサーが一部圃場で導入されました。しかし、水田センサーを導入しても、耕作者が稲の生育状況を確認するためには水田の見回りが欠かせません。水田の見回りをおこなうとなると、その際に生育状況の確認だけでなくついでに水田の用水管理(取水口の昇降)をおこなったとしても耕作者にとっては大きな負担増にはなりません。これより、B市では、水田センサーに頼って水管理を進めるよりも、水田の見回りの際に生育状況の確認と用水管理をまとめて行う方が費用対効果の面で優れる、という判断に至ったそうです。こうして、B市では今回の実証プロジェクトでいったん水田センサーを導入しましたが、すぐにその利用中止が決定されたそうです。

 第6章では、以上の結果をふまえて、スマート農業技術を今後活用する上で関係者が特に意識すべき点を考察します。
 今回の実証成果を振り返って見ますと、土壌水分センシングと、EXCELに依拠した簡易な営農管理システムについては、生産現場に比較的によく適合していることが耕作者にも認識され、今後その普及により地元の農業生産を改善することが期待されていることが伺えました。これらでは低コスト化や性能改善を追求しながら現場で普及を促すことが今後求められるでしょう。
 他方で、今回の実証において、人工知能を使って害虫被害を検知してドローン農薬散布するという技術や、水田センサーを導入した農業者からは、それらの導入について良い評価が得られませんでした。これらの性能や導入効果の限界は、事前に普及機関がよく見定めておくべきだったと考えられます。
 今後は、スマート農業技術の種類ごとに技術の効果を関係者が事前にできるだけよく見極め、費用対効果をより高める形で技術を取捨選択しつつ採用していくことが求められると考えられます。

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